第42話 宵闇の翼幹部、ザガン1

「なん、だと?」


 奴隷商店を訪れたザガンは、裏口の前で眠る警備二人の姿を見て、驚きの声を上げた。

 ザガンはこの店を管理する、『宵闇の翼』の幹部である。


 奴隷は非常に使い勝手が良い。

 首に奴隷の輪を填めれば、人を意のままに操れる。

 人間兵器として他国に送り出すことだって可能だ。


 奴隷はこちらの情報を知らない。

 だから、奴隷がミスをしても重要な情報が他国に漏れる心配がない。それもまた、奴隷の良いところだ。


 おまけに奴隷を手に入れるコストも、さほどかからない。

 何故なら帝国にぽこぽこ生えている平民を攫ってくるだけだからだ。


 ザガンはこの奴隷商店を使って、のし上がってきた。


 ここは、ザガンの力の源だ。

 だから防衛は念には念を入れている。


 その商店の裏口で、警備が横になっていびきをかいている。

 まさかの事態だった。


 警備には、魔術的な攻撃を受けることを想定し、予め魔導具を装備させている。

 中には、催眠魔術への抵抗性を上げるものもあった。


 にも拘わらず警備が眠っているのは、ザガンの想定を超えたなにかが起こっている証左だ。


「これがただのサボりなら、首を斬れば済む話だが……」


 警備には大金を支払っている。

 その二人が、同時に仕事をさぼる――それも居眠りするとは考え難い。

 誰かが、彼らを眠らせたと考える方が妥当である。


「組織の誰かが、俺の力を削ごうとしているのか? いや、しかし誰かが動いた様子はない、か……」


 ザガンは二人を素通りし、建物の中に足を踏み入れた。

 ちらり見えた鍵は、鋭利な刃かなにかで斬られていた。

 やはり、何者かが侵入したようだ。


「もし組織の誰かがいるなら……、地下室だろうな」


 ザガンが現在の地位にのし上がったのは、奴隷を巧みに利用したためだ。

 その奴隷がいなくなれば、組織の中での発言力も、地位も低下する。


 もし自身に恨みを持つ組織の誰かが犯人なら、地下室をいの一番に狙うだろう。

 なのでザガンは、まっすぐ地下室への入り口がある支配人室に向かった。


「チッ、強引にこじ開けやがって」


 支配人室では、この店の店長が、警備と同じように眠っていた。

 これで、侵入者が催眠魔術を使ったのは確定だ。


「……覚えとけよ豚野郎。あとでその首、跳ね飛ばしてやるからなッ」


 グゴゴ、と大きないびきを上げる店長に呪詛を吐き、ザガンは地下室への階段を降りる。

 この地下室は、隠しレバーを使って開くタイプのフタを設置していた。


 フタは大理石と鉄の二重構造になっていて、多少の攻撃でもびくともしないはずだった。

 それが、切り刻まれて落下していた。


「一体、どんな手を使えば、これを豆腐みたいに斬り裂いちまえるんだよ……」


 剣術なのか、魔術なのかは分からない。

 だが、これだけはハッキリしている。

 侵入したのは、相当な腕前の持ち主のようだ。


「ぶっ殺してやる……」


 シャツのボタンを外しながら、足音を立てずに奥へと進んでいく。

 肉体労働は久しぶりだ。

 だが、感覚に一切の衰えはない。


 ザガンは元々、戦闘要員だった。

 これまで何人もの要人の暗殺に成功している。

 戦闘力を比較すれば、宵闇の翼の中で上位に入るだろう自信がある。


 胸元からナイフを取り出し、手の中でクルクルと回す。

 ザガンは侵入者だろう二人を発見。

 元隠密の能力を遺憾なく発揮し、無音で二人に接近する。


(このまま首をはねてやる)


 ザガンが攻撃態勢に入った、その時だった。

 全身に、ビリッと激しい痺れが襲った。


 その感覚から、ザガンは自身が痺れ罠の魔術を踏んだのだと気がついた。

 幸い、痺れ罠の効果は、身につけた防御系魔導具の力によって阻害された。


 しかし、奇襲するつもりだったザガンは、まるで子供だましのような罠に出鼻をくじかれ、頭に血が上った。

 くそったれめ!


「やってくれたなッ」


 ザガンの声で、二人が振り返った。

 片方は、見覚えがある。

 少し前に首輪を填めて、フォード領に送り出した青年だ。


 名前は覚えていない。

 どうせ生きて帰らぬ木偶だ。名前など記憶するだけ無駄である。


 だがその青年が、まさか生きて戻るとは思ってもみなかった。


(一体どんな手品を使った?)


 彼の首には、奴隷の首輪を填めてあった。

 首輪は、ザガンの命令を無視した場合、即座に首が絞まる魔術が施されている。

 魔術は首輪を外そうとしても発動する。


 にも拘わらず彼には首輪が填まっておらず、しかもまだ生きている。

 不思議な話だ。


(格の高い神官にでも外してもらったのか?)


 神官ならば、首輪の魔術を解除する魔術が使用出来る。

 しかし、解除してもらうだけの寄付金を、彼が払えたとは思えない。


(……なるほど、横にいるガキが原因か)


 青年の横にいる少年は、仕立ての良い服を着ている。

 ザガンの目には、一瞬で彼が平民でないことがわかった。


(あのガキが金を払ったんだろう。木偶に情でも湧いたか? はん、貴族のガキにはありそうな話だな)


 そう当りを付けたザガンは、内心ほっと胸をなで下ろした。


 これが組織内の権力闘争であれば、今後の対応に頭を悩ませていただろう。

 だが、現われたのは組織に無関係なガキ二人だ。

 これで心置きなく、踏み潰せる。


「テメェらがなんなのかは聞かねぇ。よくもここまで、ド派手にやってくれたな。落とし前は、きっちり付けさせてもらうぜ」


 ナイフを構え、姿勢を低くした。

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