第77話 裏切り
(いつの間に!)
気がつくと、勝敗は決していた。
棒立ち状態のシモンと、その首に剣を突きつけるルイゼ。
完敗だ。
シモンが愕然とする中、
「ご両人、お疲れ様でした」
ソフィアの声が廊下に響いた。
彼女は目の前に侵入者がいることを意識していないように、落ち着き払っている。
隙を見てシモンを助ける仕草は全く見られない。
アイコンタクトさえない。
つまりこれは――。
(まさか裏切り!?)
先輩メイドのまさかの謀反に、シモンは青ざめた。
悠然とした足取りで近づいてきたソフィアが、ルイゼの前でスカートを摘まんで礼をした。
「お久しぶりです、ルイゼ様」
「おお、久方ぶりなのだソフィア。其方の美貌は以前と変わらぬな」
「まあ、お上手ですね」
「……ソフィア先輩、これは、どういうことですか?」
首を剣で突かれるのを覚悟で尋ねた。
シモンにとってそれは、細やかな糾弾である。
――あれほど慕っていたクリスを裏切るのか? と。
しかしソフィアは困ったようにルイゼを見て、何かに気付いたようにポンと手を打った。
「そういえば、シモンは知らなかったのですね。こちらのルイゼ様は、クリス様が師事されていた剣術師範です」
「……へっ?」
「ああ。あのへなちょこを育てるのは大変だったのだ。あ、いや、ちっとも育たなかったな。ハハハ。それで、クリスは剣術が多少はまともになったのか?」
「いいえ、クリス様は剣術ではなく、魔術に天賦の才がありました」
「そうか。それは残念なのだ……」
ルイゼががくりと肩を落とした。
その姿を見て、シモンは益々混乱する。
「何故、剣術の師匠をされていたお方が、クリス様のお命を狙っていたのですか? よもやルイゼ殿は、お金を貰えば誰でも殺すお方なのですか?」
「ぬ? なんの話だ?」
「刺客なのでしょう!?」
「へっ? 誰が?」
「あなたが!」
「ぬぬ?」
訳が分からない、というようにルイゼが大げさに首を傾げた。
シモンを殺すつもりならば、どんな話をされても剣先は下ろさない。
しかしいつになっても殺す素振りもないし、首元に突きつけた剣は既に下ろされている。
「シモン。あなたは勘違いしていますよ。ルイゼ殿は刺客ではありません」
「へっ? いやでも、ザガンに雇われたって……」
「金を貰っただけだ。さすがに知人の暗殺に加担する程、落ちぶれてはいないぞ」
「――だそうです」
「えっと、つまり……?」
「詐欺だな」
「詐欺ですね」
ハモった二人の言葉に、シモンが目を丸くする。
「いやそれ、いいんですか?」
「いやあ、直接断ると後々面倒になりそうだから依頼料をつり上げていったのだが、ザガンは一歩も引かなくてな。断り切れなかったから、従うフリ作戦をすることにしたのだ」
「相手はクリス様のお命を狙う不埒者です。身ぐるみを剥がれて捨てられないだけ、まだマシというものですよ」
「もし問題があれば、クリスを守るつもりだったのだ」
それはそれで、後々面倒になりそうなものだが……。
「つまり、ルイゼ殿が刺客だと思っていたのは、俺の勘違い?」
「そのようだな」
「そうですね」
これまでの戦闘はなんだったのか。
腰が砕けそうになる。
「それじゃあ、クリス様はなんのために俺の武器を強化したんだ……。これは、強敵と戦うためのものじゃなかったのか?」
「ただの護身用かと。シモンが強ければ、クリス様の安全度が上がりますからね」
「じ、じゃあ、クリス様がプリンを取りに行くよう指示を出したのは? あれは、侵入者がいると教えてくれたものとばかり……」
「逆ですよ、シモン」
「逆?」
「はい。クリス様の御心を、見誤ってはいけません」
言いたいことがわからず、首を傾げる。
そんなシモンに、ソフィアが子どもを諭すような口調で言った。
「クリス様はあえて、あなたを遠ざけたのです」
「何故?」
「私たちの安全を確保した上で、強敵と戦うためです」
「強敵……」
その言葉で、シモンはやっと戦闘中に聞いた爆音を思い出した。
はっとして階段に向かおうとするも、ソフィアに行く手を遮られた。
「先輩、避けてください! クリス様を助けないと!」
「シモンが行っても、死ぬだけですよ」
「それは、戦ってみなきゃわかりません!」
「わかります。何故なら――」
ソフィアが哀しげな表情を浮かべ、天井を見た。
それはあたかも、自分の無力さを嘆くかのようなものだった。
「――クリス様の相手は、悪魔ですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます