第79話 悪魔のチゲェ

「あれぇ?」


 何故かシールドが、チゲェを遠くまで押し出した。


 この反応は、まったく予想していなかった。

 一体〈ポイントシールド〉は彼の何に反応したのか。


「うーん、チゲェさんが危険だって感じたのかな?」


 シールド側には、『クリスを傷付ける危険物の前に移動せよ』と命じていた。

 なのでどうやら〈ポイントシールド〉は、チゲェを危険物と判断し移動したようだ。

 その動きに、チゲェが押し出されてしまったのだろう。


 意図せぬ挙動に、クリスは目を輝かせる。


「なるほど。こういう使い方も出来るんだ」


 まるで抜け道を見つけたような気分だった。

 もしかしたら、他の魔術でもこのような抜け道が存在するかもしれない。


「おおっ、色々とアイデアが湧いてきた!」


 現在クリスは亜空間にいる。

 亜空間が展開した理由はさっぱりわからないが、とてもラッキーな状況であることはわかる。

 なぜならば亜空間ではなにをやっても、領地には一切の被害を与えないからだ。


「自由に魔術が使える!」


 それがわかると、途端にクリスは魔術に集中する。

 今まさに突き飛ばしたばかりのチゲェのことなどころっと忘れ、クリスは魔術実験に取りかかるのだった。



          ○



 クリスに突き飛ばされたザガンが、頭をさすりながら起き上がる。


「オレは、一体なにをしてたんだ……?」


 頭を打ったせいか、記憶に乱れが生じている。

 一度深呼吸をして、ザガンは状況を整理する。


 手下と別れたあと、ザガンはフォード家の屋敷に侵入。真っ先にクリスの部屋を目指した。


 屋敷には警備の姿がまったく無かった。

 これは事前情報通りだ。警備を雇う金がないのだ。


 おかげでクリスの部屋まで、一度も戦闘を行わずに到達出来た。


 クリスは因縁の相手だ。自分がいま、追い詰められている元凶だ。

 殺すなら、絶望を与えてからだ。

 そう思い、まずは言葉で恐怖を煽ることにした。しかし、


『いや、本当に誰?』


 普通に考えれば、悪夢魔術で眠らせた相手の顔を、たった二週間で忘れるはずがない。


(舐めた真似しやがって)


 怒りに震えながら、ザガンは言葉を続けたが、


『ああ、フォードの町で会った人? ごめんね、顔を忘れちゃって』

『名前は――チゲェさんっていうんだね』


 人を食ったような態度に、ザガンの怒りが爆発した。


(見下しやがって!!)

(オレのことなど、覚えるまでもねぇ木っ端だって言いたいのかッ!!)


 怒りにまかせて、ザガンは短剣を突き出した。

 狙いは心臓だ。

 そこを一発で貫く。


 自分を徹底的に見下す奴には、命乞いをする時間すら与えない。

 せいぜいあの世で、自分の愚かさを嘆けば良い。


(――獲った!!)


 クリスの心臓を短剣が貫いたと確信した。

 しかし、その寸前に短剣がなにかにぶつかった。


 次の瞬間、猛烈な勢いでクリスが後方へと吹き飛んだ。

 その勢いにザガンは目を見張る。


 クリスがなんと壁を突き抜け、空高く舞い上がってしまったのだ。


「……これが、いまのオレの力ッ!」


 この短剣『宝具マハ・カマル』により、身体能力が強化されているのだ。

 だがまさか、これほど強化されているとは思ってもみなかった。


「これなら、殺れる!!」


 クリスは現在、空中にいる。

 以前のザガンならば、手も足も出ない。


 だが今なら、跳躍でひとっ飛びだ。

 ザガンは足に力を込めて、全力で跳躍。

 クリスに接近して、再び短剣を突き出した。


 その瞬間、


〝我に身を任せよ〟


 耳元で何かが囁いた気がした。


 そこからの記憶がない。

 何故今、こんな白い場所にいるのか、そもそもここがどこなのか、全く覚えていない。


「一体、なんだってんだ……」


 記憶が途切れている原因に、ザガンは心当たりがある。

 今手元にある宝具マハ・カマルだ。


 感情の抑制が効かなくなってきたとは感じていたが、まさか意識を乗っ取られるとは思っても見なかった。


 宝具は悪魔の武器だ。

 悪魔の魂が宿っていると噂されている、危険な武器だ。

 それを証明するかのように、ザガンは心に変調を来している。

 この状態ではいずれ、体が武器に乗っ取られるだろう。


(手放すか?)


 少し考えて、ザガンは首を振る。

 宝具なしでは、クリスを討ち取れまい。


 色眼鏡を抜きにすると、彼我の差は明らかだ。


 こちらの攻撃は一切通じず、向こうの攻撃はこちらに通じる。

 まさに一方的だ。

 宝具を捨てれば、勝負にすら持ち込めまい。


 だからザガンは宝具を強く握りしめ、再びクリスを視界に納めた。


「……くっ、オレに背中を向けやがって!!」


 しかし当の標的クリスは現在、ザガンに背中を向けてなにやら魔術に熱中していた。

 その態度が、『ザガンは意識するまでもない相手(ザコ)だ』と言われているようだ。


 ブチブチ、とザガンの理性が引き裂かれる音が響く。


「いいぜ、テメェがそういう態度を取るなら、こっちは堂々とテメェをブチ殺してやるよ!!」


 足に力を込め、全力で接近。

 相手の心臓目がけて短剣を突き出した。

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