第55話 気になる兄の名剣

 木製の案山子の上半分が、音もなく落下した。

 さらに案山子の後ろの石壁に、綺麗な一文字の亀裂が生じた。


 この結果を見て、クリスは両手を握りしめた。


「やった、成功だ!」


 シャープネスが武器の鋭さを底上げする魔術であることを、クリスはあらかじめ知っていた。

 だが、そんな知識はあっても、実際に試してみなければ本当のことはわからない。


 強化の度合いは想定以上。

 大成功といっていいだろう。


「さて、じゃあ次に強化するのは――」

「ちょちょ、ちょっと待ってクリス、この長剣尋常じゃない斬れ味だよ!?」

「うんうん。そうだね」

「案山子を斬っただけなのに、どうして後ろの石壁まで斬れてるんだい!?」

「兄さんの腕が良かったから?」

「それだけで説明出来ないよ!!」

「うんうん。そうだね」

「一体、どうなってるんだいこれは!?」

「うんうん。どうなってるんだろうね」

「これじゃあ怖くて使えないよ!?」

「うんうん」

「ちょっとクリス、聞いてるかい!?」

「うんうん、聞いてるよー」

「駄目だ、全然聞いてない……」


 兄さんは大事だが、今は自分のやりたいことが一番だ。

 ヘンリーの言葉を聞き流しながら、武具を見繕う。


 次に強化するのは、盾にした。

 これも、かなり重い。クリスの細腕では、両手を使っても持ち上がらない。


 それをなんとか引きずり出して、付与する魔術を選択する。


(次は二個試してみるかな)


■魔術コスト:706/9999

■属性【土:ストーンスキン】【光:リフレクト】+

■強化度

 威力:MAX 飛距離:―― 範囲:5 抵抗性:MAX 数:1

■特殊能力【付与】


 盾の防御力アップに〈ストーンスキン〉をプラス。

 相手の魔術にも対応出来るよう、魔術を反射させる〈リフレクト〉を追加した。


「これでどうだ!」


 魔術を発動すると、先ほどよりも温度が上昇。うっかり盾から手を離してしまうところだった。


「なるほど。熱は武具への負荷なのか。魔術をさらに追加すると、そのうち熱くてドロドロになっちゃいそうだなあ」


 その前に、熱くて手で触れられなくなる。

 この付与魔術は基本的に、対象物に触れなければ使用出来ない。

 飛距離の値がないのはそのためだ。


(強化回数には限界があると見てよさそうだね)

(もしかして、ものによって回数が違うのかな?)

(それで、限界を超えて付与すると、壊れると。そんな感じかな?)


 クリスが考え事をしている間に、ヘンリーが盾を隅々まで確認していた。


「これは、防御力を強化したのかな?」

「うんうん。それと、魔術を反射出来るようにしたよ」

「そんなに!? ……ぼくは魔術のことはからっきしだけど、付与ってこんなに簡単にできるものなんだね」

「うんうん」

「ちょっと試していいかな」

「うんうん」


 訓練所の真ん中に盾を置き、ヘンリーが剣を上段に構えた。

 この剣は先ほど、クリスが強化したものである。


 ヘンリーが剣を振るった瞬間、


「――ふっ!」


 ――ギャリッ!!


 小さな火花が飛び散ると同時に、耳障りな音が響き渡った。

 その音に、クリスは慌てて耳を押さえた。


「……これは、凄いな。ほとんど傷が付いてない」


 床に置かれた盾には、小さな傷こそ入っているものの、致命的なダメージはない。

 問題は盾よりも、むしろ床だ。


 ヘンリーが振るった剣の圧で、床に大きな亀裂が走っている。

 それだけで彼の一撃が、如何に強烈だったかが理解出来る。


 今回も、ばっちり大成功だ。

 クリスは小躍りするような気分で、次から次へと武具を強化していく。


 強化するものは、長剣、盾、鎧、兜の四種類だ。それで一セット。

 その全てに、それぞれ効果を変えた付与を行う。


 無論、無駄な強化はしない。

 たとえば鎧に〈ファイアボール〉を付与したところで、どう扱うかさっぱり想像も出来ない代物に仕上がってしまう。

 これでは付与が無駄になる。


(強化回数が限られてるのに、無駄な魔術を付与するのはもったいない!)


 念のため、クリスは限界を超えて付与するとどうなるかの実験を行う。


 ヘンリーに確認を取ってから、剣に三つ目の付与を行った。

 すると想像した通り、剣がマナの熱に耐えきれず、真ん中からぱっきり折れてしまった。


「ごめん、兄さん。やっぱり壊れちゃった」

「いや、いいよ。一本くらいなんてことないさ」


 長剣は、決して安いものではない。

 貧乏なフォード領にとっては、痛い出費であるはずだ。

 しかしこれは、魔術の発展に必要な犠牲である。


(ありがとう、誰かの長剣……)


 折れた剣の前で、クリスはしばし瞑目するのだった。


(やっぱり、ここにある武具だと二回が限界なんだなあ)

(これが付与の限界なのか、それとも武具の質で変化するのか、ちょっと気になる)


 付与魔術を施す傍ら、クリスはちらちらと、兄の剣をチラ見する。

 兄の剣は父から受け継いだ年代物だが、平団員の長剣とは比べものにならないほどの逸品である。


 これならば、三つ以上魔術を付与出来るかもしれない。

 クリスの視線に気付いたか、ヘンリーが苦笑を浮かべて剣を差しだした。


「これにも魔術を付与してくれるかい?」

「喜んで!」


 クリスは嬉々として兄から長剣を受け取った。

 だが、重い。


「おっと……」


 うっかり落としてしまいそうになるのを、ぐっと堪える。

 兄の長剣は、平団員のそれよりも重たかった。

 抱える両腕が、プルプルと笑い出す程である。


「さてさて……」


 長剣の切っ先を床に置いて、クリスはスキルボードを開く。


「……そうだ。兄さん、付与して欲しい魔術はある?」

「うーん。斬れ味と耐久力は欲しいかな。あと出来ればでいいんだけど、〈ファイアボール〉なんてどうかな?」

「たぶん出来ると思うけど……。身体強化の魔術じゃなくていいの?」

「ああ。それも魅力ではあるね。けど、一度でいいから魔術を使ってみたいんだ」

「なるほど」


 小さく頷き、クリスは付与の設定を行う。

 平団員の長剣への付与魔術最大数は、二つ。

 兄の剣ならば、いきなり二つ付与しても大丈夫だろう。そう思い、クリスはまず斬れ味と耐久力を強化する。


■魔術コスト:702/9999

■属性【風:シャープネス】【土:ストーンスキン】+

■強化度

 威力:MAX 飛距離:―― 範囲:1 抵抗性:MAX 数:1

■特殊能力【付与】



「おっ?」


 長剣に魔術を付与したところ、剣がほとんど熱を持たなかった。

 これならば、もう一つや二つ付与を施す余地がありそうだ。


 兄の長剣に、付与魔術を重ねる。


■魔術コスト:436/9999

■属性【ファイアボール】+

■強化度

 威力:30 飛距離:MAX 範囲:5 抵抗性:MAX 数:1

■特殊能力【付与】


〈ファイアボール〉の威力は、これまでに試して問題なさそうな値に抑えておいた。

 MAXにして万が一暴発した場合に、どうなるか予測も付かないからだ。


 三つ目の魔術を付与したが、まだそこまで発熱していない。

 もう少しだけ、なにかの魔術を付与出来そうだが……。


 クリスが目で伺うと、ヘンリーが首を振った。

 これ以上は十分だ、ということだ。


 もう少し試してみたい気持ちはあるが、さすがにこの剣は兄にとっても、フォード家にとっても重要なものだ。

 うっかり壊したら、目も当てられない。


 なので、クリスはここで付与を打ち切り、兄に長剣を手渡したのだった。

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