第56話 一人は頼りない
本日よりピッコマにて、WEBTOON版【最強の底辺魔術士~工作スキルでリスタート~】が連載スタート!
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「こんなに武具を強化してくれるとは、想像もしてなかったよ。凄く助かる」
「うんうん。……これだけやれば大丈夫かな」
「うん? うん、大丈夫だよ。ありがとうクリス」
弟の物言いが少し気になったが、彼はフォード領の困窮具合を知っている。
きっと弟なりに領のことや、領兵団のことを心配してくれているのだろうと、ヘンリーは納得するのだった。
ともあれ、今回クリスの付与魔術は、ヘンリーにとって渡りに舟だった。
『お父さんも、お兄ちゃんも、ヘンリーも、みんな幸運の星の下に生まれたのよ』
母ライラがよく口にしていた言葉だが、当時のヘンリーは『だったら何故フォード領は極貧なんだ?』としか思わなかった。
だが今になって思い返すと、たしかにその通りだと思う。
運にばかり頼っていては、行き着く先は没落だ。
本当の幸運というものは、危機に瀕した時にこそ訪れるものなのだ。
幸運が去った後でも、確かに歩んでいける力が身につくように……。
ヘンリーは、自らの腰に下げた長剣を、拳でコツンと軽く叩いた。
これは剣豪の父から受け継いだ、大切な剣だった。
そして今日、弟が魔術で強化を施した、魔剣になった。
付与は、ヘンリーが大切な弟から貰った、初めてのプレゼントだった。
○
「ああ、すっきりした!」
やりたいことをやると、気分が晴れ晴れとする。
領兵団の武具を実験台にして、様々な付与を思うままに行えたクリスは、軽い足取りで自室へと戻ってきた。
「あっ、クリス様、お帰りなさい」
「うんうん、ただいま」
部屋に戻ると、自室にシモンの姿があった。
彼は現在、護衛という名目でクリスが雇い入れている。
そのため、クリスが帰るまでこうして部屋で待機していたのだ。
「丁度良かった。シモン、ちょっとついてきて欲しいんだけど」
「はい。ええと、今からまたお出かけですか?」
「そう」
「もう、夕刻ですが……」
「うんうん」
付与魔術の実験に、思いのほか熱が入ってしまったため、現時刻は夕方の五時を回っている。
あと一時間ほどで、一家団欒の夕食が待っている。
だが、クリスにはまだまだ、やりたいことがたくさん残されている。
(まだ結界魔術も試してないんだよなあ。なんとしても、今日中に試したい!)
あれだけの付与魔術を使っても、体内のマナはちっとも減っていない。
これから朝まで魔術を使い続けても、きっとマナが尽きることはないだろう。
折角新しい魔術を手にしたばかりなのだ。
クリスは自らの体力が許す限り、魔術の実験を行いたかった。
「今から家を出るとなると、すぐに暗くなりますよ?」
「大丈夫大丈夫。日が沈むまでには戻ってくるから」
そうでなければ、父も兄たちもカンカンだ。
先日、うっかり国境を越えてシモンの妹ルビーを助けた時は、ソフィアが上手く誤魔化してくれた。
しかし、ソフィアの誤魔化しも二度、三度と上手くいくものではない。
今日に限っては最低限、門限はきっちり守るつもりである。
「それじゃあ、準備はいい?」
「ええと……空を飛ぶやつは、今回ナシには――」
「出来ないよ」
そもそも、フライを使わなければ門限には決して間に合わない。
今回は、出来るだけ人の居ない場所まで足を運ぶつもりである。
それくらい、クリスは魔術の実験には慎重だった。
スキルボードを通して使う魔術は、自分の想像を超えるものばかりだ。
慎重すぎるくらいが丁度良い。
「それじゃあ行くよ」
「えっ、ちょっ、やっぱりやめ――」
「〈フライ〉」
新たに付与を追加した〈フライ〉を、自分とシモンにそれぞれかける。
それに体を硬直させたシモンだったが、すぐに体が浮かび上がらないとわかるや、おっかなびっくりまわりを見回した。
「あれっ、クリス様、飛びませんよ?」
「うんうん。一人で飛ぶ用の魔術にしたからね」
「おおー。それで、どうやって飛ぶんですか?」
「魔術はイメージだよ。自分が空を飛ぶ姿を想像するの」
「イメージ、ですか」
むむむ、と口を結んだ。
するとシモンの体が、ふわりとその場で浮かび上がった。
「おおっ! クリス様、凄いです!」
「うんうん。それじゃあ、行こうか」
「はいっ!」
ベランダに向かい、そこから東の方角へと飛翔する。
その後ろからは――。
「ク~リ~ス~さ~まぁぁぁ!」
シモンの悲鳴が聞こえた。
出足から、一体なにをやっているんだ。
後ろを振り返ると、空中で手足をじたばた動かすシモンの姿があった。
よく見ると、前進はしている。
だがひな鳥もびっくりのヨチヨチ飛びである。
「シモン、早くおいでよ。置いてっちゃうよ?」
「ままっ、待ってください! 前に飛ぶ方法がわかりません」
「ええっ、浮かび上がれば、そのままびゅーんと行く感じで飛べるのに」
「びゅーん……」
「そう、びゅーん」
クリスの言葉に、シモンが難しい表情を浮かべた。
どうも『びゅーん』が理解出来ないようだ。
シモンに飛び方を叩き込む時間がもったいない。
このままでは、本当に日が暮れる。
「もう、しょうがないなあ」
クリスはシモンに近づき、その手を握りしめた。
シモンの〈フライ〉にこちらの意思が通じるよう、素早くマナのラインを繋ぐ。
「それじゃあ行くよ」
「はい。ありがとうござ――えっ?」
「東へごー!」
遅れを取り戻すため、クリスは全速力で飛翔。
シモンのフライにも同じように、全速力を出すよう指示を出した。
(早く結界魔術を試したいなあ)
一体どのような結界になるのか、楽しみで仕方がない。
クリスは鳥も驚く速度でぐんぐん前進する。
「ふふふーん♪」
手を引っ張られるシモンはというと、
「もっと、もっとゆっくり飛んぬぁぁぁああああ!!」
涙を流しながら、遠くの山まで悲鳴を轟かせるのだった。
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