第34話 自由バンザイ!

 考えられる可能性は二つ。

 一つ目は、馬車が嫌いで逃げ出した可能性だ。

 クリスはかなり、馬車旅を嫌っていた。体が軟弱であるため、馬車の振動に耐えられないのだ。


 二つ目は、王城から一刻も早く立ち去ろうとした可能性だ。

 クリスは王城で、さんざっぱらやらかした。

 貴族の前で目立った手前、誰かが暗殺者(かげ)を放つ恐れがある。

 無論、可能性は限りなく低い。しかしクリスはその影に怯えた可能性がある。


「……にしても『質朴(のぼう)』か。クリスにぴったりの二つ名だ。名誉なことなのだが、何故か素直に喜べんな」


 いくら陛下が付けた二つ名であろうとも、自分の息子が他人に『でくの坊(のぼう)』と呼ばれるのは不愉快だった。


 手が掛かる子どもほど可愛いものはいないとよく言うが、まさにその通りだ。

 なんだかんだいって、ヴァンはクリスを愛していた。


 さておき、ヴァンは三日かけてフォード家へと戻った。

 そのヴァンを待っていたのは、予想もしない大変事であった。



          ○



「お帰りなさいませ、クリスさま」

「うん、ただいまソフィア」


 クリスはまる二日かけて、フォード家に戻ってきた。


 馬車に比べ、空の旅は快適だった。

 途中雨に降られることもあったが、馬車の中で揺さぶられるよりも、雨に打たれる方がマシである。


「お城はいかがでしたか?」

「すごく大きかったよ。この家が何戸も入るくらい」

「それはそれは。国王陛下の前で、緊張されませんでしたか?

「うん、それは大丈夫。カボチャだと思ったからね」

「ッ!? ――ゲホッ、ゴホッ!!」


 ソフィアが目を剥き、激しく咽せた。


「さ、さすがはクリスさま。国王陛下ですら、クリスさまにとってはカボチャレベルですか……」

「ん、なに?」

「い、いえ! ――国王陛下とは、どのようなお話を?」

「なんか、二つ名をくれたよ」

「――ッ!! そ、それは、凄まじいですね! いえ、でも悪魔を殺したクリスさまのお力を思えば、判断は妥当かと思います!」


 ソフィアが興奮して、目を輝かせる。

 二つ名に、かなり興味があるようだ。


(もしかして、二つ名が羨ましいのかな?)


「ソフィアに二つ名を付けてあげようか?」

「なっ!? めめ、滅相もありません! わたし如き卑しき下女に、二つ名は重すぎます」

「あれ? そう」


 てっきり、二つ名が欲しいのかと思っていたが。どうやら勘違いだったようだ。

 外套をソフィアに預け、クリスはスキルボードを顕現させた。


「もうちょっと、フライの速度を上げようかな」


 ここまで、現在のフライが出せる最高速度でまっすぐ飛んで来た。

 しかし王都から二日もかかってしまった。


 スキルボード上では、フライの強化度は低く抑えている。

 これを最大まで引き上げると、もっと高速で飛翔出来るだろう。


 問題は、その速度にクリスが耐えられるかどうかだ。

 コントロールをミスって地面に激突しては目も当てられない。


「うーん、あっ、そうだ! 防御魔術を使えばいいんだ」


 原理として、防御魔術を纏っていれば、地面に激突してもダメージを受けない。

 だが、それでいきなりMAXスピードを試す勇気はない。


 一先ずクリスは強化度を、半分まで引き上げることにした。


■魔法コスト:560/9999

■強化度

 威力:50▲ 飛距離:MAX 範囲:10▲ 抵抗性:MAX


 さっそく調整を終えたフライを試そうと、クリスはバルコニーに向かった。

 その時だった。

 クリスの部屋の扉が、勢いよく開け放たれた。


「クリスはいるか!?」

「スティーヴ兄さん? ヘンリー兄さんも、どうしたんですか?」


 部屋にやってきたのは、長男のヴァンと、次男のヘンリーだった。

 二人揃ってクリスの部屋を訪れるなど、非常に珍しい出来事だ。

 おまけに二人の顔には、焦燥が浮かんでいる。


(……もしかして)


 その表情で、ぴんときた。

 しかし残念だ。クリスは肩を落とす。


「スティーヴ兄さん、ヘンリー兄さん、すみません……」

「な、なんだ、何があった!?」

「そういえば、父上の姿がないようだけど……まさか――!?」

「兄さんたちへのお土産は、父上の馬車の中です」

「「どうでもいいわっ!!」」


 二人が口を揃えて一斉に声を上げた。


「あれっ、てっきり首都のお土産が欲しくて部屋に来たのかと」

「そんなわけあるかっ! っていうか、父上はどうしたんだ! 一緒じゃないのか!?」

「はい。僕はフライで飛んで来ましたけど、父上は馬車でこちらに向かってます」

「よかった。なにかあって、父上が拘束されたのかと思ったよ」

「まったくだ。それでクリス。父の戻りはいつ頃になりそうだ?」

「たぶん、明日?」

「あ……明日、か……」

「かなり、不味いね兄さん」


 二人の表情が沈む。

 どうやら、領主がいなければ対応の難しい事態が発生したようだ。


 スティーヴもヘンリーも、いずれもクリスとは比べものにならないほど優秀な兄だ。

 その兄たちが、ヴァンの帰りを心待ちにしているなど、ただ事ではない。


(……今のうちにここを離れよう!)


 兄たちが手を焼く事態だ。自分に出来ることはなにもない。

 そう思い、抜き足差し足忍び足。クリスはベランダに向かう。


 そこで、一旦防御魔術を展開。

 自分がしっかり魔術に守られているのを確認してから、フライを詠唱した。


「あっ、待てクリス! まだ話は終わってないぞ!!」

「そうだよクリス! ちょっと話が――」


 二人の言葉を無視して、クリスは一気に空高く舞い上がった。


 もしクリスがいまだに継承権を持っていたのなら、ノブレス・オブリージュがある。

 緊急事態では、逃亡行為として処罰されただろう。


 だが現在、クリスは廃嫡済みだ。

 義務はクリスを拘束出来ない。


「自由バンザイ!」


 声を上げながら、クリスは北の山へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る