第35話 標的発見!
フライの具合を確かめながら、クリスは北の山の麓までやってきた。
「うん、まずまずだ」
強化したフライは、クリスの想像を超える速度での飛翔を可能とした。
徒歩で1日はかかる場所まで来るのに、一刻もかからなかった。
この速度ならば、馬車で三日かかった首都への道も、一日まで短縮出来そうである。
その反面、速度が上がるにつれて、コントロールが難しくなる。
クリスの肉体は常人の域を出ない。動体視力も常人レベルなので、どうしても速度が上がると、判断力が鈍ってしまうのだ。
「あんまり低く飛ぶと鳥にぶつかるし、かといって高く飛ぶと寒いんだよなあ」
地上から数百メートル上を飛ぶと、かなりの肌寒さを覚えた。
そこで高度を下げると、今度は空を飛ぶ鳥にぶつかるのだ。
今回は三度もバードストライクを受けてしまった。
もし防御魔術を纏っていなければ、クリスは間違いなく重傷を負っていた。
「空を飛ぶ時は、防御魔術必須だな。あとは、どれくらいの高度を飛ぶかだけど……。うーん。寒さはエアコントロールでなんとかならないかな?」
より快適な空の旅にするためにはどうすれば良いか。
頭を悩ませていたクリスは、眼下の蠢きに気がついた。
「ん、なんだろう?」
クリスより数百メートル下。
地上には、広大な平原が広がっている。
ここは元々、森だった。
以前、北の山が小噴火した際に、森林がすべて焼き払われてしまったのだ。
幸い、フォード領の領民に被害はなかったが、火山灰が降り注いだため、その年は食糧が収穫出来なかった。
クリスもその当時の記憶は、鮮明に思い出せる。
「あの頃のご飯、すごく不味かったなあ……」
当時は毎日、硬いパンと、水みたいなスープしか食べられなかった。
それに加えて、国軍で採用されている栄養補助食だ。
それは粘土みたいな見栄えで、見た目を裏切らない味がした。
みんな、泣きながら食事を摂ったものだ。
あの頃にはもう、戻りたくはない。
さておき、眼下では現在も大量の何かが蠢いていた。
「魔物?」
目をこらすと、それが様々な魔物の群れであることがわかった。
魔物は酷く興奮した様子で、南へと向かって移動している。
「スタンピードかな」
特定の地域で魔物の密度が上昇すると、ちょっとしたきっかけで、魔物がその域外へとあふれ出す。
これが、スタンピードと呼ばれる現象だ。
見た所、眼下に広がる光景は、クリスが知っているスタンピードの状態とよく似ていた。
このまま南下を続ければ、いずれ魔物が人里まで到達する可能性が高い。
「あっ、折角だし、まだ試してない項目を試してみよう!」
ぽんと手を叩き、クリスはスキルボードを顕現させた。
素早く魔術をセットして、強化度を調節する。
■魔法コスト:5460/9999
■属性:【火(ファイアアロー)】+
■強化度
威力:50▲ 飛距離:MAX 範囲:10▲ 抵抗性:MAX 数:5000▲
■特殊能力:【追尾】
まだ、数のパラメーターを調節したことがなかった。
折角の機会だとクリスは大盤振る舞いの魔術を生みだした。
スキルボードを開きながら詠唱を開始。
通常のファイアアローならば、すぐにマナのチャージが完了する。
だが今回は、なかなかマナが満たされない。
数が多すぎるのだ。
(数が多いと、発動までにかなり時間が必要になるんだな)
そうこうしているうちに、魔術の充填が完了。
クリスは魔物を強くイメージし、自らのマナにすり込んでいく。
「全部の魔物に直撃しますようにっ。≪ファイアアロー≫!」
祈りを込めて、クリスは魔術を発動した。
その瞬間、クリスの周囲に太陽が出現した。
――太陽が出現したと見まごうほどの巨大な火球が出現した。
クリスが発動した魔術は、間違いなくファイアアローだ。
だが、おびただしい数の火の矢が一度に出現したせいで、火球のようになってしまったのだ。
「一気に発動しても、綺麗に並ぶんだなあ」
ファイアアローは、すべて同じ方向を向いて、等間隔に並んでいる。
重なったり絡まったりしていない。
これはスキルボード側の自動調節なのか。
あるいは魔術そのものに、等間隔に並ぶよう調節術式が組み込まれているのか。
いずれかは定かではない。
だが、一つだけ確かなことがある。
現在ファイアアローは、創造主の命令を待っていた。
「一人一匹、早い者勝ちね。よーい、どんっ!」
クリスのかけ声で、ファイアアローが一斉に動き出した。
その魔術の存在は、すでに魔物の目にも入っていた。
突然、上空に太陽のようなファイアアローが出現したのだ。
これに気付かないはずがない。
ファイアアローが動き出すと、魔物たちは一斉に取り乱し始めた。
南に揃っていた進行方向がバラバラになった。
ある魔物は別の魔物と衝突し、またある魔物は転んだせいで別の魔物に踏みつけられる。
そんな魔物の下に、膨大な数のファイアアローのプレゼントが届いた。
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質問が多かったので補足。
二つ名である「のぼう」は、質朴(しつぼく)への当て字です。
「発光魔術(フラッシュ)」みたいなものとお考えください。
「のぼう」は、いわずもがな「でくのぼう」を省略した言葉です。
ちなみに元ネタは「忍城の戦い」でおなじみの、成田長親です。
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