第65話 不出来な息子の思わぬ配慮
ヴァンは縄でぐるぐる巻きにしたクリスを、執務室まで運び込んだ。
息子をこのような姿にするのは心苦しいのだが、こうでもしなければ隙を見て逃げ出しそうだったのだ。
川を汚染した下手人を相手取るため、これからヴァンは忙しくなるだろう。
その前に、なんとしてでもクリスを問い詰めておきたかった。
「して、クリスよ。お前から先に言っておくことはあるか?」
「ごご、ごめんなさい!」
「……む? なにを謝っておるのだ?」
悪いことをしたから問い詰めようとしているわけではない。むしろ逆だ。
ヴァンがクリスに聞きたかったのは、川や村を魔術で浄化したか否かである。
そもそもヴァンが、疫病の解決にクリスが関わっていたのではないかと気付いたのは、屋敷に戻る途中のことだった。
『そういえば以前、急に体が軽くなったことがあったな』
それはまるで魔術にでもかけられたかのような体の変化だった。
その経験と、今回の村での出来事を重ね合わせた結果、
『もしかして、原因はクリスか?』
と気がついたのだ。
もちろん、確信はない。
それ以外に考えられないから、一先ず聞いてみようと思っただけだ。
その時、森の方から爆音が響き渡った。
不審に思い、音の地点に駆けつけると、丁度クリスがいたというわけだ。
「お前が助けた村娘だが、とても喜んでいたぞ」
「そ、そうですか」
「あの少女は先日、死の病から解放されたばかりだ。嬉しくて村の外に遊びに出てしまったのだろう」
「ふむふむ」
「その村は疫病が蔓延していてな」
「それは大変だ」
「だが先日夕刻に、病に倒れていた者たちが突然治ったのだ」
「へえ。不思議なこともあるもんだね」
少しカマをかけてみたが、クリスの表情には微塵も変化が伺えない。
(クリスではなかったのか? いやしかし……)
内心を隠している可能性がある。
廃嫡宣言するまで、ヴァンはクリスを『分かりやすい奴だ』と思っていたものだ。
顔を見れば、一発で内心を言い当てることが出来た。
ヴァンはクリスの父親なのだ。顔色だけで何を考えているかがわかって当然だ。
だが廃嫡宣言後は、違う。
どうにも内心が見えないことが、しばしばある。
(実力同様に、感情を抑制する力も隠していたのだろうな)
感心すると同時に、父親としての自信を少しだけ失った。
さておき、疫病についてだ。
息子を相手に、腹の探り合いはしたくない。
ヴァンは意を決して口を開く。
「東の村の疫病だが、クリスが魔術で払ったのであろう?」
「さあ?」
とぼけるつもりか?
ヴァンは早々に手札を切る。
「ここに来るまでに、色々と調べはついている。昨日夕刻、お前は家を飛び出したそうだな?」
「さ、さあ、どうだろう?」
「東の森に向かう姿を見たと、俺の影が教えてくれた」
ヴァンには数名、諜報活動を行う影がいる。
影の仕事は、どんなに些細なことでもヴァンに報告することだ。
報告のタイミングは特に決まっていない。
ヴァン本人も、いつ報告が来るのかがわからない。
その報告が、つい先ほどあった。
その中に、クリスが東に向かう様子を見た、というものがあった。
初めは『無断で遊びに行っただけか』とも思ったが――、
(なるほど。情報を整理していくと、少しずつクリスの動きが見えてきたな)
クリスは昨日夕刻に屋敷を出て、東の村を訪れた。
その時に、なんらかの魔術で疫病を払ったのだ。
彼以外に疫病を払える者は、もはや神官しかいないが、神官がわざわざフォード領の中でも辺鄙な東の村を、理由もなく訪れるとは考えにくい。
(そもそも神官が来たのなら、村長は『突然病が治った』などとは言わんだろうからな)
「クリスよ、お前が東に〝なにをしに行ったか〟など、調べればすぐにわかるのだぞ?」
「――ッ!!」
クリスが一際強い反応を見せた。
今の反応で、村を疫病から救った者が、彼で確定だ。
しかし、ヴァンにはわからない。
(何故それを、頑なに黙っているのだ?)
クリスは褒められることをしたのだ。
自分から名乗り出るのは憚られても、他人から問い詰められて答えない理由はない。
それを、何故こうも黙りこくっているのか?
(――ッ!?)
黙っている理由を考えていたヴァンは、とある可能性に思い至った。
その瞬間、あたかも稲妻に打たれたような気がした。
(まさか……!)
領主よりも素早く動き、廃嫡されてなお領民をその手で自ら救ったとなれば、クリスは一躍英雄のように思われるだろう。
領民の中から、次の領主にとクリスを担ぎ上げる者が出ないとも限らない。
――お家騒動だ。
もしこれが発生すれば、家族の絆はズタズタに引き裂かれるだろう。
下手を打てば、家に問題ありと見なされ、国王に領地を没収されかねない。
かといって、疫病を見過ごせば領民が次々と犠牲になる。
そのためクリスは今回、領民を助けつつも、お家騒動を起こさぬよう立ち回った。
(だから、クリスはなにも語らぬのかッ!)
ヴァンの中で、点でバラバラだった情報が、一本の線で繋がった。
(ライラよ。見ているか?)
(クリスは、とても家族思いな子に育ったぞッ!!)
軽く目尻を拭いながら、ヴァンは柔和に微笑むのだった。
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