貴族の三男、でくの坊から最強魔術士へ~気ままに遊んでいるだけなのに、何故か評価が上がっていく件について~【WEB版】
萩鵜アキ
一章 天才誕生 ~無意識に問題解決編~
第1話 プロローグ
本日より新作投稿。
5話までカクヨム先行配信中です!
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「……この辺にしておこう」
壮年の男性が訓練の終了を告げ、木剣を下げた。
顔には落胆と失望の色がありありと浮かんでいる。
この男はヴァン・フォード。地方子爵フォード家の現当主であり、訓練相手であるクリス・フォードの父親でもある。
ヴァンはゼルブルグ王国において、名を知らぬ者がいない武の達人だ。
フォード家は決して裕福ではないし、領土は国の外れの辺鄙な土地だ。目立った産業はないし、他国との交易路というわけでもない。
完全にハズレ領地だ。
だがそれらのマイナス要素は、ヴァン・フォードという男の名を曇らせることはなかった。
ヴァンとは、それほどの傑物だった。
フォード家三男クリスは、そんな傑物の遺伝子を受け継ぐ三男だ。
しかし、残念ながらヴァンの力はちっとも受け継がなかったようだ。
今年で12歳になるというのに、クリスにはなんの取り柄もない。
これまで何度か高名な教師を招聘したのだが、剣術はてんで駄目。魔術も一切身につかなかった。
おまけに母のライラが天に帰ってからというもの、家の書庫に引きこもるようになってしまった。
どうにかしてまともな人間に育て上げようと尽力したが、ヴァンの願いは通じなかった。
今回の稽古も、ヴァンは一度も足を動かしていない。
クリスの剣術があまりに弱すぎて、足を動かさずにすべての攻撃を退けられるのだ。
クリスはまだ12歳だが、それを考慮に入れても酷すぎる。
やる気ゼロの運動音痴。
木剣を初めて持たせる領民の子どもたちの方が、クリスよりマシだと思えるほどだ。
「はぁ……。無駄飯食らいのでくの坊をどう仕付ければ良いんだ? まったく頭が痛い」
「大変だね父さん。頭痛薬あげようか?」
「頭痛の原因お前だッ!!」
ヴァンは肩を怒らせる。
この人を食ったような発言は、一体誰に似たのやら。
緊張感の欠如は、間違いなく母親譲りだ。
懐かしいと思う反面、ヴァンは非常にもどかしかった。
それは、クリスがこのように育つはずではなかったからだ。
ライラが子どもを身ごもった時、国定占術師が驚きの予言を下した。
『その子はゼルブルグ王国において比肩する者はなし。いずれ英雄と呼ばれる存在になるだろう』
占術師の予言は、魔術による未来視だ。
国定占術師ともなれば、正式な占術がハズレた試しはない。
この発言を信じたヴァンは、新たに生まれる三男に期待を込めて、初代フォード家当主である『クリス』の名を与えた。
にも拘わらず、この体たらくである。
「徴収した税を使い、優れた教師を雇ったり、入手不可能な秘薬を飲ませたのに、まさかここまで成長しないとは……。いったい、領民にどう説明すれば良いものやら」
「父さんには同情します」
「…………育て方を間違えたか」
ヴァンはがくっと肩を落とした。
クリスを育てるのに、かなりの大金を投じている。
それは占術師の『将来英雄になる』との言葉を信じての投資だった。
しかし、残念ながら完全に、完璧に、この上なく、育成失敗だ。
これまで、もう少し、あと少し、成人の儀まではと判断を先延ばしにしてきた。
だがもう、決断してしまっても良いだろう。
これ以上、判断を先延ばしにしてもただの時間の無駄だ。
そうと決めたヴァンは、早かった。
「皆、よく聞け!」
父親ではなく領主としての言葉に聞こえるよう、声に力を込めた。
それだけで、訓練を見守っていたメイドや執事たちが一斉に居住まいを正した。
その表情には、緊張の色が浮かんでいる。
「フォード家三男、クリス・フォードは、本日をもって廃嫡とす!」
「「「「――ッ!!」」」
皆が一斉に顔色を変えた。
しかし、想像した以上に動揺は感じられない。
それもそのはず。
彼らは皆、クリスがいつ廃嫡されてもおかしくないと、心の準備をしていたのだ。
クリスは無能。でくの坊。
この家の者ならば――約一名のメイドを除き――皆がそう口にしている。
それは陰口ではない。疑いようのない事実だった。
次期領主候補ではなくなったクリスはというと、いつもと同じ笑みを浮かべていた。
「承知しました」
おまけに、その声からは動揺が一切感じられない。
クリスはもう12歳だ。さすがに貴族の子として最も重要なものを取り上げられたことが、わからない年ではない。
にも拘わらず、彼は平然と微笑んでいた。
それを見て、ヴァンは内心感心していた。
(……見事だ。最後の最後で、でくの坊返上か)
クリスはでくの坊ではあるが、決して莫迦ではない。
事実、彼は書庫に籠もって、毎日のように書物を読みふけっている。
家の書物を読むためには、公用語と魔術語を完璧に理解しなければならない。
つまりクリスは若干十二才で、公用語と魔術語をマスターしているのだ。
そのような子が、莫迦であろうはずがない。
(後継者としての育成には失敗したが、貴族の子として最低限の後始末は出来る子ではあった、か)
クリスが動じなかったのは、廃嫡が理解出来なかったからではない。
貴族の子として、ヴァンの決定に一切のしこりを残さないためだ。
そう感心するヴァンの前で、クリスが口を開いた。
「やった。これで面倒な稽古がなくなる! ヒャッホウ!」
「…………」
この時ヴァンは、ほんの僅かに残っていたクリスへの信頼が、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた気がした。
○
日課だった剣術訓練が終了したあと、クリスはまっすぐ書庫へと向かった。
はじめ、父上の廃嫡宣言には心底驚いた。
だが『跡取り』の肩書きはクリスにとって、ただの足かせでしかなかった。
クリスは貴族の三男だ。
継承権の順位が最も低い立場である。
なのでそもそも、自分が家を継ぐなんて考えは毛頭なかった。
おまけに、フォード家の兄弟は皆優秀だった。
長男のスティーヴは現在、父上の右腕として領地経営を学んでいる。
剣術の腕前はそこそこだが、人柄は厳格で、貴族としてのバランス感覚が良い。
次男のヘンリーは、若干十六歳にして領兵団団長に就任している。
団長に就任したのはフォード家だからではない。剣術が達者だったからだ。
この領内で、ヘンリーの右に出るものは父だけだ。
また人柄は温厚で、使用人たちからの信頼はことに篤い。
どちらの兄も、すぐに領地を引き継げるだけの実力と、そしてカリスマがあった。
どちらも優秀ならば、わざわざ自分も跡目争いに加わる必要はない。
そんなことよりも、クリスが興味を惹かれるのは書物だ。
家には母が残していった書物が、沢山保管されている。
母が天に帰ってから六年。クリスはずっと書庫に引きこもっていた。
毎日毎日、母が残した書物を紐解きながら、文字がもたらす情報に身を委ねていた。
書架に並んでいるのは、ほとんどが魔導書だ。
いままで魔術を上手く扱えた試しはないが、魔導書に描かれた魔術を見て、その効果を想像するだけでも楽しかった。
「次は、どの魔導書を見ようかなあ」
クリスが書架から、まだ開いたことのない本を探す。
その目が、ふと薄い魔導書を捉えた。
「なんだろう、これ?」
初めて見る本だ。
背表紙には、何も書かれていない。
そもそも、六年間ここに入り浸っていたのに、これほど薄い本があったことを知らなかった。
「よし、これにしよう!」
その薄さに興味が惹かれた。
クリスは本を手に取り、表紙を開いた。
その時だった。
突如、本が勝手に浮かび上がった。
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