貴禰さんと依里子ちゃん
はがね
第1話 ちょっと長いプロローグ
たとえば明日、
「まだ若いのに、本当にお気の毒だわ。孤独なお年寄りの役に立ちたい、が口癖の、いい子だったのに」
「素直で優しくて親切で。親に放置されて育ち、親が寄りつかなくなってからは施設で育ったと言ってたっけ。そんな生い立ちなのに、ひねたところがちっとも無くて」
「一生懸命に勉強して、あの難しい生涯後見人制度の二種資格の試験にも、見事に、最年少で合格した努力家です。仕事もできるし人当たりもいい。尊敬する先輩です」
「私、小学校が一緒で。あのときからがんばり屋でした。まあ、一度、キレて暴れたのを見たことあるけど」
「でも、それは彼女のせいじゃなかったじゃん? 三好の、あ、えっと、同級生の子ですけど、その子が彼女の字の書き方が変って囃し立てて喧嘩になって」
「そうそう、三好のお母さんが学校に怒鳴り込んで、これだからちゃんとした家庭で育っていない子は、って、面と向かって言ったせいだった。あれはひどいよね」
「うん。そのせいでしばらく不登校になって、可哀そうだった。でも、その間も勉強はしていたみたいで、すごいなあって思ったんだ」
不幸な生い立ちにも負けず、幼いころから健気に生きてきた、皆に優しく、難関の試験にも努力を重ねて合格し、自ら人生を切り拓こうとしていた、若い女。
メディアはそう伝えるに違いない。これは正しい。ただし表面上はという前提付きで。幾重にも被った猫の皮を剥いだなら、まったく違う顔が覗くことは間違いない。
「ほんとの顔を見せる? もちろん、そんなドジ、踏むつもりはないけどね」
***
依里子の職業は、老人介護施設の職員である。自宅での生活が困難な85歳以上の高齢者が入所するその施設には、現在28人が暮らしている。正規職員は全部で10人、夜勤も含め週4日半、かなりな忙しさだが、彼女はいつも明るく朗らかで、それでいてきびきびと働く。どんなに忙しくても、また、忙しさがピークのときに空気を読まない入居者に何でもないような世間話を持ちかけられても、嫌な顔ひとつせずに優しい笑顔で応じる。その姿に、施設内には多くのファンが存在していた。
どうしてこの仕事に? と聞かれれば、
「おじいちゃんやおばあちゃんに囲まれていると、本当の家族ってこんな感じなのかしらって思えて、そんな中で働けるのが嬉しいんです」
と、少し寂しげな笑顔を浮かべ、家族のぬくもりと無縁だったらしき子ども時代のことを想像させる返事をする。本当の目的が、生涯後見人の資格要件の1つである『二年以上の高齢者介護実績』を満たすためであっても、それは秘密だ。そつなく、この資格取得はあくまでも難しい資格に挑戦して自分の可能性を試すため、ということにしてある。
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