第21話 Tea for 2 ~ Breakfast for U

 夜勤明け、仮眠から醒めた午後、依里子は貴禰とともにサンルームで午後のお茶を楽しんでいた。サンルーム、こんな場所があるなんて!

 サンルームで、本格的なティーセットとお高いお紅茶で、午後のお茶。優雅、優雅だわぁ。本契約になったら仕事なんて本当にもうとっとと辞めて、お屋敷での仕事に専念するの。そして、いずれは私も、この屋敷の女主人として毎日こんな風に過ごすんだわ。そのためには、何としても、このばあさんに気に入られなくては!

 そんなことを考えながら、ティーカップを手に取る。そう、女主人は、こんな風にしてお紅茶の香りを楽しんで、それから―。


「あら、その持ち方は、できれば直したほうがいいわ」

「は、え?」

 突然、夢想を破る声に、はっとした。貴禰が、じっとこちらを見ている。もしや、何かまずった?? 今、かなり自分の世界に入り込んでいた? 恥ずかしい!!

「あああ、あの、カップが何か?」

 頬に血が昇るのを感じながら手にしたカップを見てそう問うと、あまり煩いことは言いたくないんですけどね、そう前置いて、貴禰は説明を始めた。

「カップの取っ手にはね、指を入れないのがお作法なの。ここではどんな風に持っても構わないけれど、でも、普段から習慣づけておくほうがいいわね。そうでないと外でお茶をするときに、うっかりしてしまうかもしれないし。ね、練習なさい」

「あ、はい、そうなのですね。ありがとうございます。気を付けます」

 まったく細かいんだから、口では慎ましくしおらしく感謝を述べながらそんなことを考えていると、ふと、貴禰の所作が目に入った。取っ手に指を入れることなく優雅にカップを持ち上げている。…なるほど、確かに美しくはあるわね。これからお上品な方々のお仲間になる未来の女主人として、身につけておいても損はない、そう思い直して、いったんソーサーに戻したカップの取っ手を指で摘むようにして持ち上げ…ようとして、ガチャリと音を立ててしまった。お、重い?

 慌てて、また持ち上げようとすると、焦らないで、という声がした。

「重たい? コツと慣れよ。何回か練習したらわかると思うから、追々、ね?」

「は、はい…」

 またも、いいところ無し。依里子は少し憂鬱な気分になる。


 学ぶことが多くて、本当にたいへんだわ。


        ***


 結局、今後の朝食は、当初話したとおり洋食にすることで話がついた。

 トーストとバター、チーズ、ヨーグルト、ジャム、カリカリに炒めたベーコンと卵(調理法は、その日の気分で)、スムージー、コーヒーとミルクいう構成で。


「まず、フライパンを火にかけて、豆を挽いてコーヒーメーカーをセットね。フライパンが熱くなったら、ベーコンを並べて、パンをトースターに入れる。ヨーグルトを器に盛り付けて、ジャムをトッピング。そうするうちにベーコンがじゅうじゅう言いはじめるから、そこで卵を調理ね。それからトースターからパンを出して、チーズと一緒にお皿に。フライパンの卵もお皿に移して。コーヒーを注いで、ほら、完成よ。え、フルーツ? そうね、葡萄や苺、さくらんぼは器に盛ればOK、オレンジや林檎はナイフと一緒に丸ごと出して。キウイなら半分にカットしてスプーンを添えてね」


 手書きで急ぎメモを取りつつ聞きながら(その手元を、なぜかじっと見つめられてちょっと落ち着かない)、依里子は、これならできそう、次こそはばっちり決める! と意気込み、脳内で、何度もシミュレーションした。次回、朝食の支度をばっちりと決められたら、そしたらばあさん、何て言うかしら? すごいわあ、さすがねって、言ってくれるかしら―?

 そんなことを考えている自分に気づいて、我に返った。褒められたい、だなんて、子どもみたい。認めたくは無いけれど、どうやら私、わくわくしているみたい―。

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