第96話
「大げさねえ、ちょっと倒れて頭を打っただけよ。なんともないわ」
担架を携えやって来た搬送担当者たちにも、貴禰はそう主張した。だが、それを唯々諾々と受け入れる相手ではない。はいはいわかりました、とりあえず、ちょっと行って、ね、検査しましょうね、そう軽くいなし、ほいほいと貴禰を運び出した。
後について搬送車に乗ろうとした幸樹を、貴禰は、付き添い不要よ、と制した。
「それよりね、あの子を呼んできてちょうだい。多分、この近所にある公園のうちのどこかよ。4丁目の、からくり時計のある公園が、あやしいわ」
その言葉に、幸樹は、了解です、と言い、次いで搬送担当に自らが見守りサービスであることを告げ、後はよろしくお願いします、と頭を下げてから走り去った。
***
屋敷と“4丁目の公園”の距離は、約2キロ。その間にある別の2つの公園も念のため確認しつつ、30分後、幸樹はついに依里子の姿を発見した。ベンチにポツンと座る彼女へと走り寄る。
駆け寄る青年に気づき、依里子はぎょっとした表情を見せた。だが、そのいつもとは違う顔色に何事か読み取ったのか、すぐに表情を引き締めて立ち上がる。
幸樹が依里子の目の前に立ち、弾む息で話しかけた。
「ここにいたのか! いいか、落ち着いて聞けよ。貴禰さんが、救急搬送された」
「えっ!?」
刹那、顔から血の気がさぁぁっと引いていくのを、依里子ははっきりと自覚した。膝が、震え出す。なんて、なんてバカなことをしていたんだろう!? いつもお元気だからつい忘れがちだけど、貴禰さんは平均寿命を超えたご高齢。いつ何があっても、おかしくなかったのに。こんなところで時間を潰したりしていないでまっすぐに帰っていたら、もっと早くに気づけたか、防止できていたかもしれないのに!
「見守りサービスに緊急連絡が入って、俺がすぐ駆け付けた。そのときは貴禰さん、キッチンで倒れてて。で、すぐに病院に搬送―。あ! おい!!」
そこまで聞くや否や、依里子は、病院、と呟いて、ものすごい勢いで走り去った。慌てた青年が、その背に向けて叫び声をあげる。
「おい! 病院わかるのかよ? 待てって、おい!」
だが、依里子が振り向くことは無かった。
***
『は、速えぇぇ~』
依里子を追いながら、幸樹は驚嘆した。配達のために履いていた反重力機能付きのローバーシューズを以てしても、まったく追いつける気がしない―。前を走る背中が、どんどん遠ざかっていく。なんなんだ、あいつは!!?
***
位置情報サービスが示していた病院の受付で後見人証明カードを見せると、すぐに病室を教えられた。再び猛ダッシュする依里子に、職員が 走らないでください! と叫んだが、その声が耳に届いたかどうか。階段を1段飛ばしに駆け上がり、廊下を走り抜け、ついに目当ての病室に辿り着いた。
***
「ああ、やれやれ。疲れたわ」
たんこぶの治療と脳検査を終えて病室に移された貴禰は、そう独り言ちた。そう、検査のほうが、よっぽど体に堪えたわよ! みんな大げさなんだから!!
取りあえず、今はやることがない。少し休みましょう、と目を閉じた。途端、
バタバタバタバタ!!
廊下からものすごい音がして、え、と思った瞬間、何かが体にぶつかってきた。
「貴禰さん!! 死なないでぇええ!!」
何かが…、ああ、あれか。
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