第53話 依里子、“遊休地”を語る

 新しい職場での仕事、鬼軍曹・貴禰の指導と復習、そんな忙しい日々を送る依里子は、最近、ストレスが溜まりすぎたと思うと、庭を歩く。軽度の運動がストレス発散に効くから、だけではない。この敷地、将来的にはぜぇーんぶ、私のもの。そう唱えながら歩くと、ストレスもずっと和らぐというもので。

 お屋敷の敷地は広大で、大部分が手つかず状態になっている。特に自室の窓からもよく見える西の端は藪が鬱蒼としていて、分け入るとお屋敷が見えないほど茂りまるで森のよう。本当にもったいない。信じられない、こんな風に土地を遊ばせておくなんて。私だったら、これだけの土地、放置しない。この辺の木、全部ぶっ倒して平地にして、アパート建てて家賃収入をゲットするわ。収入が増えて、安心安泰。

 …いいえ待って! 今のうちにアパート建てるよう進言して、それが実現したら、私はそれを受け継ぐだけでいいわよね。

 よし、それ、やってみよう!


「説得のためには、正確なデータと、さりげないプロモーション、ね」

 そそくさと部屋に戻り、下調べに着手した。


        ***


 そして、絶好の機会が訪れた。仕事が休みの日の午後。お天気もいいし、たまには気分を変えて、違う場所でお茶をしましょ、という貴禰の提案を受けて、あの鬱蒼としたエリアが視界に入る庭の一角で、午後のお茶をすることになったのだ。


 カップの取手に指を突っ込まないよう気を付けながら持ち上げて、1口飲み込む。ゆっくりと、音をたてないようにソーサーにカップを戻しながら、ごくさりげなく、ふと“森”に視線を送り、依里子は何気なくアパートの話を切り出すことにした。

 つもりだったのに、知らず知らず緊張していたのか、第一声が喉に引っかかって、変に高く引きつったような声が出てしまった。ん、ん、と咳払いして誤魔化し、それから庭を見ながらゆっくりと笑顔になって切り出した。


「それにしても、本当に広いお庭ですね。いつもお部屋の窓から見えていますが、あちらのほうなんか、どんどん茂ってしまって塀が見えないくらい鬱蒼として」

「そうね」

「もうちょっと、お手入れしたほうがよいのでは?」

「お手入れ?」

「ええ。誰かが潜んでいたりできそうで、物騒かもしれませんし」

 これはちょっと苦しいかな、と思いながらもそう言うと、じっとこちらを見られてちょっとどぎまぎする。何か、見破られた?

「だいじょうぶ。防犯カメラはあるし、こう見えてセキュリティは万全よ」

「あ、そ、そうなんですね。でも、せっかくこれだけ土地があるのに、遊ばせているのはもったいなくないですか? もっと活用をお考えになっては?」

「遊ばせている? 活用?」

「そうですよ! こうして放置していたらただの荒地ですけど、きちんと整備して、そうですね、たとえば、アパートなど建てて店子を入れれば、収入になります。仮に6部屋あるアパートを建てたとして―」


 大真面目な顔で聞き返され、よしここだ! と依里子は勢い込んで、調べておいた建設費や優遇制度、家賃収入で何年後にペイするかなど説明しようとしゃべり出す。と、貴禰は静かにお茶を一口飲み、窓の外を見ながら口を開いた。


「遊んでなんか、ないわ」

「え?」

「立派に働いているわよ」

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