第54話 貴禰、“遊休地”を想う
思い出し笑いが、貴禰の顔に浮かんだ。
遊んでいない、働いている、そう言うと、あの子はポカンと口を開けた。その顔を見て思い出す。夫に土地の活用を進言した人に夫婦揃って同じような切り返しをした日のことを。…似たもの夫婦だったのね、すっかり忘れていたけれど。
あの人は、大真面目に言ったわ。
「遊んでいる? とんでもない! 立派に働いていますよ!」
って。そして、ぽかんとしている進言者とともに、あの一角、あの鬱蒼とした藪の中へと入って行ったんだった。
「ほら、見て。ねえ? 全然遊んでなんか、いないよね?」
「そうね」
そこには、地面から芽吹いたばかりの小さな芽。虫の羽音。小鳥の鳴き声。
「うん。みんな、ここで生きている。次の世代に、命をつないでいる。この土地は、そのための重要な場所なんだ。大忙しで働いていると言ってもいいよね」
夫婦の息の合った会話を延々聞かされた男は、訳が分からない、もったいない、と呟きながら帰って行き、二度と進言してくることは無かった。
はたらいている土地の話と言えば、そう、まだ小学生のころ、初海さんともそんなような話をしたっけ。それは、地球は誰のもの、という話だった。
「人間はひどい思い違いをしているわよね」
私は言った、環境保全かなにかのCMが『地球は私たちだけのものじゃない、未来の子どもたちのために』とかそんな台詞を語りかけたときに。
「思い違い? どうしてです? 地球は人間だけのものじゃないし、これからの人たちのために、環境保護に努めるのは大事なことじゃないですか?」
初海さんはそう言って、私は思わずまじまじと彼女を見たんだった。
「どうしてって、どうして? 人間だけのものじゃないも何も、そもそも地球は人間のものじゃないでしょう?」
「え?」
そんなこと考えたこともなかったという顔で、彼女は一瞬固まってしまった。それからしばらくして、言った。
「ああ、そう、確かにその通りですね。地球は人間のものじゃない。その反対、人間が地球に属している。そうした意味で、すべての生物と人間は、地球にとって等しい立場なんだわ」
と。そうなの、この考えを、私はとても気に入っている。あの時から、ずっとね。願わくは、そう遠くない未来にここを継ぐあの子も、そんな風に考えてくれるようになりますように。
…まあ、ね。いざとなったら、絶対に開発はNGって、そう遺言すればいいだけの話だけどね。
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