第76話 アイ、提案する
アンケート実施の許可を得るべくつかさとともに所長の元へと出向いた依里子は、あっさりOKが出たこと、それどころか所長が乗り気なことに、ポーカーフェイスを保ちながらも内心大いに驚いた。
職員がより高次の資格を得て施設のために役立ててもらう、という説明に、所長はすぐに、
「それはいい! ぜひ、やってください。働く皆さんのやりがいになるし、入居者の皆さんのためにもなる、素晴らしい考えだ!」
と言ったのだ。そんな彼に、つかさがひんやりする声で、
「施設にも補助金がかなり入りますしね」
と言ったが、所長は意に介さない。いや、それはあくまで副産物、それより、入居者の方や働く方の環境向上のほうが重要ですよ! と、熱くしゃべりはじめた。
どこまでが本音かわからないけど、ちょっと意外な面を見た? と思っていると、
「関係者全員に、利点があるに越したことはありません。では、推進させていただきます。失礼します」
つかさがそう言い置いてさっさと立ち上がり、扉に向かって歩き出した。依里子も慌てて後を追う。その背に向けて、所長が
「ああ、はい。よろしくね」
と、声を掛けた。
***
それからのアイの行動は素早かった。瞬く間にアンケートを作成して一斉送信。続々と集まる回答を分析し、それぞれにとり最適なプランとなるよう調整していく。
「まだ1人で留守番させられる年齢に達していないし、子どもが帰ってくる前に帰宅できると助かるな。昼間勤務メインで収入減と夜勤ありで収入維持の二択だとしたら、前者を選びます。極端に給料減らされるのは当然困るけれど」
「少しでも多く仕送りしたいから、夜勤も歓迎です。昼夜逆転の生活でも、問題ないね。ここと実家のある国との時差は12時間、私も夜に起きていれば、仕事の合間に家族や友だちとのネット通話も簡単だし」
「昼の勤務メインで行けたら助かります。夜は、家で後見人と過ごすようにしたいので。…でも、あんまり収入が減るのは正直困ります。これからいつお金が必要になるかわからないし」
「俺は、比較的フレキシブルに対応可能です。空いた時間は資格取得の勉強に充てる予定なので。ただ、最低でも従来の給与の8割は確保したいかな」
「このまま仕事を続けて行けたらと思っています。子どもがいて勉強の時間が取りづらいから、資格を取ってより給料の高いところに移るよりは、現状維持で働けるほうがありがたいです」
「資格を取って、より上を目指したい。できることが広がればみんなのためになるし、何よりやりがいになるから」
「介護自体よりも、施設運営のノウハウを学びたいですね。故国でも、高齢化が問題になってきているし、きっといつか役に立つはず。そのための勉強はしたいです」
***
現状は、基本的に、全員が同じように昼勤、夜勤をこなしている。依里子のように昼勤をメインにしたい事情がある人がいた場合などは、個別に調整する。いわばイレギュラーな対応だ。
だが、アンケートは、一律に昼勤、夜勤を割り振るより、各勤務者のニーズに合わせて調整する方が働きやすいということを明らかにした。当然、そんな細かな調整は手間がかかると予測されるが、アイの力をもってすれば、そこは容易にクリアできるだろう。
依里子がそう告げると、アイは、かいかぶりすぎです、と、いつかのたかなしのようなことを言った。どこか嬉しそうに見える表情で。
「そうなると、給与も、一律ではなく勤務時間帯や勤務時間の長さによって算出する方式に切り替えることが必要になるかも?」
「そうですね、それにより、損失を被らないように考える必要があります。原資は、現在支払われている給与、それをどう割り振るか、ですね」
パイの奪い合いにならないよう気を付けないといけませんね、そう言うアイには、十分に勝算があるようだ。
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