第75話

「というわけなんですが、いかがでしょう」

 アイに同意を得てから、依里子とつかさは事務所で皆に話をしてみた。


 私たちは同じように仕事をしているけれど、年齢も家族構成もモチベーションも、ばらばら。将来目指すところもそれぞれ違うと思われる。だからアンケートでそれらを把握して、それぞれにとりベストのキャリアパスを提案して皆にとってメリットのある方法を探す、と伝え、いかがでしょう? と問うと、数人の目がぱっと輝いた。特に、いつも無表情に黙々と仕事をこなしているたかなしさんは、見たこともないほどに頬を紅潮させ、饒舌になった。


「俺、俺ねえ、子どものころ医者になるのが夢だったんですよね。苦しんでいる人を助けたいと思ったんだ。けど、まあ、うちは、もう、超がつく貧乏だったし、それでもがんばって奨学金もらって進学、てほどには残念ながら出来がよくなかった(笑)。

 でも、もしかしたら、今からでもがんばって勉強したら、医療介護の資格なら取れるかもしれない。そしたら給料上がるし、いざというとき入居者の皆さんを助けられるし。…そしたら、夢に少しは近づけたことになるのかな」

「すばらしいです。医療介護資格は、きちんと知識を学んで研修を繰り返せば、たかなしさんなら手が届く資格のはずです」

「いや、そんな」

 アイの言葉に、かいかぶりすぎだよ、と、たかなしは照れたように言う。だって、結局、夢は叶えられなかったんだし―。そう言う彼に、アイが真剣な顔を向けた。

「これはかいかぶりではありません。私は、たかなしさんの潜在能力と、これまでの行動内容から可能性を算出してお伝えしています。それに」

「それに?」

「この資格の取得で、たかなしさんは夢に近づく、ではなくて、夢は叶うことになるはずです。子どものころの目標は医者になることだったとおっしゃいましたが、本当は、医者になること、ではないですよね」

「え?」

「たくさんの人を助けたい。先ほどそうおっしゃっていました。これが本来の目標のはずです。医者になるというのは、実現手段のうちの1つにすぎません。ですから、医療介護資格の取得は、夢、目標を実現する有意義な取り組みです」

 断言口調で言われて真顔になった彼、その表情に、依里子は、これまでと違う何かを感じた。気がした(知らんけど)。


 結局、そこにいたメンバーは全員、アンケートに同意。これによって、少なくとも4割ほどのデータは集まることとなった。

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