第64話 アイ、提案する

 お茶のお稽古を終えて片づけをしていたとき、依里子からこの話を聴いた貴禰は、うーん、難しいわね、と真面目な顔で言った。

「確かに意識して、そうしているとは限らないものね。100%お金目当てとも言えないし。人間の想いや行動は、もっと複雑だもの」

「ええ、そうです。最初はお金目当てでも、会話を通じて変わることもありますし、考えたくはないですがその逆もあります。でも、どう聞けば本当のことを言ってもらえるのか―」

「そうね。問題は、そこよね」


 そう、聞き方次第で、相手は心を閉ざしてしまう。このことを、依里子は実体験として知っている。

 子どものころ、泣き真似で同情を引いて暮らしていたこともあったけれど、でも、真似ばかりじゃなかった。心細くて、本当に泣きたいときもあった(実際、ちょっと泣いた。内緒だけど)。それを、どうせ芝居だろ? と言われたなら、強がって、『そうよ芝居よ、何が悪いの?』と言ったかもしれない。それは真実のごく一部だけれど、そうやってそのほかの真実を、隠してしまっただろう―。


        ***


 だが、そうしていくら考えても、依里子には妙案が浮かばなかった。自分よりよい知恵が出せそうなつかも、それは同じのようで。


「…ストレートに聞いてしまうとか? 当たって砕けろで」

 依里子が呟くと、乱暴すぎない? と、つかが言った。だが、じゃあどうすれば、と問うと、黙ってしまう。

「アイさんは、どう思う?」

 最新AI搭載でしょ? 最適解を導き出せるんじゃない? 依里子がそう水を向けると、アイは首を横に振り、私は行動パターンから解を導き出すだけです、人の心の深層はわかりません、と言った。

「そもそも、AIが最適解を最適解として出すことは、禁じられています」

「そうなの?」

「ええ、それに頼りすぎるから、と。そう決められて、もう数年が経ちますけど」

 つかの言葉に、依里子は少しムッとする。…普通に冷静に話しているだけなのに、なぜかもの言いがきつく感じるのよね、この人。まったく損なキャラだわ。そう思いながらつかを見ていると、アイが、あの、と再び口を開いた。

「ですが、提案はできます。よろしいでしょうか?」

「ぜひ!」

 乗り出すように言うと、アイの口角がまたきゅっと上がり、目が細くなった。

「セキュリティ強化を、提案するのはいかがでしょう」

「セキュリティ強化?」

「はい。こちらの施設は、地域に開かれた場にするためという名目で、受付で名前と来訪時間、来訪先を書いて身分証を見せれば、比較的容易に入れます」

「そうね、でも、ちゃんと身分証を確認しているし―」

 依里子が言いかけると、つかが、それを遮るように言った。

「でも、入居者の方との関係性は、自己申告のみの状態なのよね」

「そのとおりです。その関係性を客観的な書類で確認するようにすれば、自称“孫”のような方は、引っかかってくるはずです。そうした方については、お話を聞いて入館の是非を判断する決まりとすれば、事情をお聞きする機会が得られます」

「なるほど」

「問題は、それをあの所長にどうやって認めさせるか、だけど…」

 面倒そうなことはやらない、保身一辺倒の顔が脳裏に蘇ってそう言うと、

「それは、そう難しくないんじゃない? 責任問題匂わせれば」

 つかが言い、アイも、データをお見せし、このままでは何かあったときに責任問題になるとお伝えしてみます、と頷いて応じた。


        ***


 果たして、提案はあっさりと通った。

 親類を名乗る詐欺グループのメンバーが入居者の元に訪れ財産処分の委任状を書かせる事件が近年増加しています、とアイがデータを示し、こちらの施設でもセキュリティ強化が必要では、と提案した途端、所長は慌て出した。

「ああ、そうだね、確かにそれは問題だ! うちでもすぐに対策を打たないと!」 

 そして、何か対策を考えて、そう命じた。アイは、かしこまりました、AIは最適解を出すことは禁じられていますが、と、前置きしてから、『入居者との関係を証明する身分証の提示を、施設内立入時の必須要件とする』ことを提案し、即座にそれに乗った所長の決定で設備のセキュリティ基準が変更された。

 そうして、新しい身元確認規則が翌週からすぐに運用開始となり、依里子はアイに心から感心した。やっぱり、優秀!

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