第63話

「5万というのは、とうやまさんが自由にお使いになれる額の、上限ぎりぎりです。それを超えたら、報告しようと考えていました」

 アイの冷静な(少なくとも依里子にはそう感じられた)声に、そうね、そうすべきかも、と歯切れの悪い返事をすると、アンドロイドが“意外そうな表情”をした。


「反対でしょうか?」

「反対、というわけじゃあないんだけど…」

「だけど?」

 その先を促すように語尾を繰り返したアイに見つめられ、依里子は自分の中の想いをまとめようと頭を巡らせる。そして、ふと、母をはじめ周囲の大人たち全員に見捨てられていると感じていたあの日々を思い出した。

「彼女にまず話を聞いてみたらどうかしら? 何か事情があるのかもしれない」

 そうだ、話を聞いてほしかった。決めつけられるのではなく、まずは、話を。

「事情、ですか」

「そう、どういう経緯で、あの子ととうやまさんが知り合ったのかも含め、私たちは何も知らない。知ってから判断してもいいんじゃない? とうやまさんも、もしいきなり“可愛い自慢の孫娘”が糾弾されたり来なくなったりしたら、ショックを受けて、悪影響が出るかもしれないし」

「それは、あり得ます。それを鑑みれば、まず話をするというのは合理的です。ですが、私たちだけで動くのはよろしくないです。とうやまさんの主担当であるつかさんにも、お話を共有しましょう」

 スタッフ全員でなく、つかさんにだけ? そう思ったけれど、万一誰かが反対して大ごとにされたら困る、と思い直した。…なぜか、つかさんは理解してくれると、無意識に思っていた。理由はわからないんだけど。


        ***


「という状況なんですけれど」

「知っていました」

 アイの報告に対しあっさりと応えるつかに、依里子は驚きの声を上げた。

「えっ!? 知っていたんですか?」

「あれだけ何度も来ていれば、どうしてもやり取りが見えてきますから」

 冷静無表情な顔と声で、つかは応えた。

「知っていて、そのままでよいと思っていた、と?」

「そういうわけじゃないけれど…」

ちょっと言葉を濁してから、言葉を続ける。

「ただ、あの子、いつも熱心にとうやまさんのお話を聞いて、とてもお金だけが目当てとは思えない様子だったので。どういうことだろうと思っていました」

「そうだったのですね」

そうか、少なくともこの3人(?)は、彼女のことを、ただの金目当てとは思っていなかったのか。だとしたら―。

「やっぱり、何か事情があるのかしら?」

「それはわかりません。予断を入れず、話を聞くべきかと」

 即座にアイに言われ、依里子は、ただ黙るしかなかった。


 だけど、いつ、どうやって? 本当のことを知るには、どうしたって、あなたは誰? 目的は何なの? と訊かざるを得ない。それで、本当にいいのかしら。

 確信が持てず、依里子は考え込んだ。

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