第62話

「そして、10年前ですが」

 だが、そんな依里子の感傷を気にも留めずに、アイは話を続けた。

「10年前の、できごと?」

 これは、とうやまさんが私に言っていてもおかしくないはずだけど。何か、あったかしら? …実際の自分は、当時11歳。母親の元から施設に移されて5年ほど経ったころね。

「受験制度が大きく変わりました。多角的な評価をすると。文系理系の区分が消え、受験科目が大幅に増えました。さらに、学校以外の活動、部活やボランティアも評価対象になり、よい評価を得たい子どもたちは非常に忙しくなりました」

「ああ」

 自分の中で、話がつながった気がした。それで、とうやまさんは、『がんばりすぎないで』『あなたはがんばり屋さんだから、心配なの』『受験の結果はどうでもいいのよ』って繰り返し言って、御守り、と、あの人形をくれたんだ。でも―。

「受験制度の変更があったのが10年前だからというだけでは、根拠は薄くない? そもそもあの制度は、5、6年続いていたわよね?」

 単に、ゆみちゃんが、何かにつけ一生懸命はがんばり屋だという可能性もあるのでは? そんな依里子の言葉に、アイは妙に人間らしいしぐさで肩を竦めてみせ、再び口を開く。

「新しい制度の実験台なのよ、と。そうおっしゃっています」

「実験台?」

「はい。あれもこれもと詰め込みすぎた結果、あの受験制度は、当初は本当に負担が大きかったと聞きます。ですから、導入前、その試験法に沿った授業が行われるようになったころのお話をされている可能性が高いです」

「確かに、最初のうちは何をどう勉強すればいいかわからなかったはずだし、相当な負担だったかもしれないわね。そのときに高1か高2とすると―」

「そう、あの方のように、今現在高校生であるはずがないのです」


 なるほど。今現在、高校生の孫がいるようなとうやまさんの口ぶりに引っ張られて何となくそう思い込んでいたけれど、そう言われると確かに変。そんな単純なことに今の今まで気づかなかった自分も、ちょっと変だったかも?

 …でも、だとしたら、彼女は何者? 目的は? ということになるんだけれど。

「あの方と、とうやまさんのご関係や、いらっしゃる目的はわかりませんが―」

 思考を先回するようなアイの声に、依里子の意識は再び外へと向く。

「とうやまさんは、あの方にお金をお渡ししているようです」

「え?」

「おそらく、とうやまさんとしては、わざわざ訪ねてきてくれるお孫さんにお小遣いをお渡ししているおつもりなのでしょう。1回ずつは大した額ではないようですが」

「が?」

「あの方は、今月すでに10回いらしてます。トータルで、5万」

 あの年ごろの子には、かなりの大金ですね、そう続けるアイの言葉を聞きながら、依里子は、心中にふつふつと怒りが沸くのを感じていた。ちょっと顔を出すだけで、簡単にお金が手に入る。いい金蔓ね、そう思っていることが容易に想像できたから。だが同時に、冷静なもう1人の自分があざ笑うように言うのも感じていた。

 なにを、怒っているの? あんただって、あの年ごろのときに、同じような立場になっていたとしたら、これ幸いとお金をせびりに来たんじゃないの? それどころか、今ちょっとお小遣いピンチで、なんて、値段を釣り上げさせたりすらしそう―。

 …確かにそう。“ゆみちゃん”に肩入れこそすれ、非難なんて、到底できる立場じゃない。正義の味方は、柄じゃない。でも、じゃあ、この腹立たしさは、一体、何なのかしら?

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