第61話

「え? どういう意味? お孫さんのはずがないって、どうして?」

 きっぱり言うアイに驚きの目を向けると、彼女(?)は依里子を見て話し出した。

「とうやまさんは、3つの時間を生きていらっしゃいます。1つは、現在。もう1つが20年ほど前、お孫さんの“ゆみちゃん”が、小学校に上がる直前くらいの年齢のころ。それから10年ほど前、中学生から高校生のころ。なので“ゆみちゃん” は現在26、7歳のはずです。あの方はどう見ても20歳以下。計算が合いません」

「ちょ、ちょっと待って! その、過去の時間が、10年前と20年前って、どうしてわかるの?」

「簡単なことです。お話に出てくる内容を、分析すれば」

「分析…?」

「はい。とうやまさんは何度も、『もうすぐ小学生になるの』『女の子とはいえ育ちざかりですもの、食べ物が十分か心配だわ』『食料も日用品も物資不足がたいへんになって』といったことをおっしゃいます」

「そうなの?」

 自分はアイよりも長くとうやまさんの世話をしてきた。だが、そんな話は、聞いたことがない。依里子がそう思ったとき、それを察したかのようにアイが言った。

「依里子さんを“ゆみちゃん”と思い込まれているとき、とうやまさんは10年前の世界にいらっしゃいます。大きくなった、中学生か高校生のお孫さんと接しているというおつもりで。ですから、そのときは20年前の記憶は蘇らないのでしょう」

「…ああ、なるほど」

「それで、そのような事態になった時期とは、世界各国で紛争が多発した年と、それに続く数年間と推察されます。その当時は輸入が途絶え、食料自給率が30%を切っていたこの国は非常な困難に見舞われたと」

「そうだったわ。確かそれで、自給率を上げる重要性が見直されて。今の自給率は、ええと…」

「昨年度で、67%です。目標は75%、来年度中の達成が見込まれています」

「ああ、そうね、そうだったわ。そうそう」

 その知識がなかったことを認めたくなくて、依里子は大げさに頷いてみせた。

「さらに、『もうすぐあの子の三回忌でもあるのよね。可哀そうに、まだたった7つだったのに』とも」

「あの子? 7つ? え、まさか、ゆみちゃんの身に…」

「そんなはずはありません。15、6歳のゆみちゃんのご記憶があるのですから」

「あ、そっか」

 少し考えればわかることだった。けど、即座に否定されてちょっと面白くない気分になる。だが、それよりも“あの子”が気になって、依里子は身を乗り出して尋ねた。

「その、“あの子”というのは?」

「隣国の誤認による無人機の攻撃で亡くなった、といったお話を、されていました。ゆみだけでも無事でよかったけれど、あの子、たかやは―、と涙ぐまれて」

「無人機の攻撃、って」

「はい。1379人の方が亡くなられた、23年前の事件のことかと。当時の事件データベースにアクセスしたところ、“とうやまたかや”という名前が、犠牲者の中にありました。“ゆみちゃん”が小学生になるのと時を同じくして、事件当時7歳だった方の三回忌。この“たかや”という方は、おそらく“ゆみちゃん”より3歳ほど年上の、近しい親類の方と思われます」

 そこまで聞いて、依里子は、震える息を漏らした。時間が心の傷を癒してくれると言うけれど、とうやまさんの心は、何度もあの当時にまだ近い、生々しい記憶の中に戻るのだ。それって、どんなにつらいことだろう…。

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