第60話 アイ、疑惑を抱く
入居者に敬遠され、だんだんと裏方の仕事に回ることが多くなったアイだが、とはいえ、その間も決して活躍していないわけではなかった。むしろ、裏方の仕事をてきぱきとこなし、おかげで施設全体の業務効率は格段にアップした。
そんな姿を、依里子は感嘆の念で見ていた。やっぱり、すごいわ。
そして7月、アイの、膨大なデータを蓄積し、それを適切に引き出す能力と分析力が、非常に役に立つできごとが起きた―。
***
「とうやまさん、調子はいかがですか?」
「ええ、とてもいいわ、ありがとう」
出勤してまず向かった先で入居者の1人とそんな会話を交わした依里子は、廊下に出てから、はぁ、とため息を吐いた。
このごろ、とうやまさんはとても楽しそう。理由は明白、可愛い孫娘のゆみちゃんが、施設をちょくちょく訪れるようになったから。それまでのとうやまさんは、記憶が混同するとき、自分を“ゆみちゃん”と呼んで、実の孫娘に接するように(というか、そうと思い込んで)可愛がった。だが、本当の“ゆみちゃん”が来るようになってから、そうした混同は無くなった。
「まあ、当然かな」
いいことだ、と思うのに、一方で何となく寂しい気もするおかしな自分がいる。
「おばあちゃん! 元気してた!?」
今日もゆみちゃんの声が響く。3日に一度はやって来る愛らしい彼女は、今や入居者のちょっとしたアイドルだ。
「ゆみちゃん、こんにちは」
「よく続くねえ。とうやまさんは幸せ者だ」
「ほんと、こんな可愛いお孫さんが、こんなにちょくちょく来てくれるなんて」
「今までは家が遠くてなかなか来られなくて。でも、こっち方面の高校に通うようになったから、割と会いに来やすくなったんです。受験、がんばってよかった!」
ゆみちゃんは、とうやまさんにマッサージしたり、本を読み聞かせたり、食事介助をしたりと甲斐甲斐しい。本当に、よくできたお孫さんだわね。
***
そんな風に誰もが微笑ましく見ていた2人を、アイは違う目で見ていた。そして、ある日、依里子に尋ねた。2人を離れた場所から見つめながら。
「あの方は、どなたでしょう? 随分と、とうやまさんとお親しいようですが」
「え? だから、お孫さんの、ゆみちゃんでしょ? いつも話をされていた。高校生になって、ここを訪ねやすくなったって言っていたわ」
何を今さら、と思いながら依里子が答えると、アイは“ゆみちゃん”に視線を留めたまま、首をゆっくりと横に振った。
「それは、変です。そのお孫さんのはずがありません」
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