第65話 “ゆみちゃん”、真実を語る

 そして運用初日、早速、とうやまさんの“孫”が訪れてきて、話す機会ができた。

「え、どうして?」


 いつもならすんなり入ることができる受付で止められて、“ゆみちゃん”は、ぽかんとした表情を見せる。そんな彼女に、アイが静かな声で説明をした。

「施設の規則が変更になったのです。今後は、面会の際には、訪問される入居者の方との関係を立証することが必要となります」

「おばあちゃんの孫であることを立証するって? なにそれ、どんな書類?」

 ムッとしながら言う彼女に、

「戸籍情報などですね、電子化されていますし、すぐ取り寄せられるはずです」

 と、アイが応えると、“ゆみちゃん”は、そんなのやってられない! 帰る! と踵を返そうとした。そこへ、

「あら、こんにちは。とうやまさん、首を長くしてお待ちですよ」

 と、“偶然”通りかかったつかが、そう声を掛けた。

「だって! 孫であると証明しないと会えないって!」

 振り向いて訴えるのににっこり笑って、

「簡単ですよ。よかったら、謄本の取り方を教えてあげましょうか」

と言う。さらに“偶然”通りかかった依里子が、

「どうしたんですか? …あ、もしかして、見せられない事情でも?」

 と言うと、3人を見まわした“ゆみちゃん”は、ふ、と自嘲するように鼻で笑った。

「あ~あ、そういうこと」

「そういうこと、とは?」

 本当にわからなそうなアイさんの言葉に、きつい目を向け、

「とぼけないで! 本当の孫かどうか、疑っているってことでしょ? …まあ、もう潮時みたいだけど」

 そう言って肩を竦めた。

「潮時?」

「そ。皆さんが思っているとおり。とうやまさんの孫なんかじゃない。名前も、ゆみじゃなくて、あゆみ。とうやまさんが、聞き間違えたの。

 すぐそこの公園で出会って。ベンチに一人で、不安そうな顔でして座ってたから、声を掛けてここまで連れて来たんだ。ただそれだけの、赤の他人」

「え、え? 迷ってた、ってこと?」

 依里子が慌てて同僚を見ると、2人は顔を見合わせ、ああ、と言った。

「あなたが向こうの施設に行ってすぐに、とうやまさんが独りで外に行かれたことがあって」

「タグからの信号を頼りに探しに出ようとしたとき、お独りで戻ってらしたんです。その後すぐでした、この方が、とうやまさんを訪れるようになったのは」

 交わされる会話に、いらいらした口調の“ゆみちゃん”が割って入った。

「だから! 赤の他人だってば! 泣きそうな顔したおばあちゃんが気になったから声掛けて、名前言ったら孫と間違えられて。おばあちゃんのポーチについていたタグの情報見て、ここまで連れてきただけ」

「なぜ何度もここにいらしたんでしょう? とうやまさんに、会いに?」

 アイにそう聞かれて、さあね、と嘯いて肩を竦めた。

「自分でも、よくわからない。けど、いい暇潰しではあったかな」

「お小遣いももらえるし?」

 わざと挑発的に言う依里子に、“ゆみちゃん”がぎらりと睨み返す。

「別に! お金には、全然、困ってないし!」

「そういえばそのスクールバッグ、裕福な家庭の子が通う有名な学校のものね」

「だったら、なぜ?」

「…いくら要らないって言っても押し付けてくるし、断れば哀しそうな顔するしで、ほんと困ってたんだよね! 全額ある、ほら、受け取ってよ!」

 ばさりと投げ出された封筒には、しわくちゃの、たくさんの紙幣が入っていた。

「確かに、すべてあるようです」

 どうやって計算したのか、アイが瞬時にそう答えた。え、と一瞬、虚を突かれた顔をした彼女に向け、つかが再び静かな口調で語りかけた。

「どうして? どうして、あんなに何度も、とうやまさんのところに来ていたの? 責めているんじゃないの、ただ、教えてほしくて」

 沈黙が流れる。何も言うことは無い、とばかりにそっぽを向く“ゆみちゃん”の鞄に下がる人形を見て、依里子は思わず聞いていた。

「その人形は、返さないの?」

 途端に厳しい顔で振り向くと、

「これは、あなたにって、おばあちゃんがくれたんだ! 返す義務なんてない!」

 と、半ば叫ぶように言った。

「大事なのね? 赤の他人のお年寄りが、不用品の寄せ集めで作ったその人形が」

「…あなたのために作ったって、そう言われたもの」

 ぽつりと言うと、また沈黙が流れる。そうしてしばらくしてから、“ゆみちゃん”は静かに顔を上げた。このまま黙っていたら、学校に、それから家族に連絡が行きそうだからね、と言い訳のようなことを呟きながら、彼女は語りはじめた。

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