第73話

 とりあえず内容を確認しましょう、まずはそこから、そう言うつかさに、そうですね、と応じながら、依里子は事務所に向かった。中に入ると、先ほど所長が送信した情報を見て騒然とする同僚の姿があった。

「これ、どういうこと?」

「勤務が減ると、生活が成り立たない!」

 それもこれも、このロボットがやって来たせい―。そんな剣呑な視線がアイに集中するも、当のアイは涼しい顔で、やって来た2人に視線を向けて言った。

「まずは説明をお願いします。その上で、私の勤務の現実的な内容をお話します」

「わかりました」

「え、どういうこと? この内容は非現実的なの?」

 つかさの冷静な回答に戸惑い、依里子は思わず疑問を口にする。皆も、顔を見合わせてから、無言でつかさに視線を集中した。


「皆さんに共有されたデータは、所長が私とみつもりさんを呼び出して提案してきた内容です。どうして私たちだけに話をしたのか、その意図はわかりませんが、まずは全員に共有するようにお願いしました」

 お願い、というか半ば脅迫? そう思いながらも、そのことはおくびにも出さないよう注意しながら、依里子も神妙に頷いた。

「アイさんなら連続で夜勤ができるから、その分皆さんの夜勤の負担を減らしたい、と、あくまでも働き方改善の一環であるとおっしゃっていましたが」

「働き方改革? 給料が減らされないなら確かにそうなるけど、実際には人件費削減でしょ? きれいごと言うんじゃないって!」

 20代半ばにしてすでに勤務歴12年のベテラン介護士、たかなしが腹立たし気な声を上げる。多くの弟妹を持つ彼にとり、自分の稼ぎは家族の収入の生命線だ。それが減らされるかもしれない、そんな目論見に怒るのは当然だろう。他の人々も、多かれ少なかれこうした事情を抱えている。

「まあ落ち着いて。私たちが反対すれば、この案は通りません。

 私たちの負担を減らすと言っていますが、これは実質的に、AI導入による削減に該当します。知ってのとおり、AIやIT導入により人間の仕事を減らすことは、法律で禁じられています」

「それは、そうだけど…」

 どんなふうにして圧力をかけられるか、わかったものではない。働きづらくなるんじゃないか? そんな不安が、部屋中に渦巻いているよう。と、そこへ

「少々、よろしいでしょうか?」

 アイさんの、鈴を転がすような美声が再び響いた。


        ***


「なに?」

 たかなしの不機嫌な声は意に介さない様子で、はい、では、とアイは話を続けた。

「先ほどもつかささんがおっしゃいましたが、そもそも、このご提案は、実際的ではありません。介護型アンドロイドは何晩も続けて夜勤を行えますが、週7日24時間、立て続けに機能できるというわけではないのです。動力をチャージしたり、データをアップデートしたりと言った時間が必要になります」

「…そうなの?」

 人間と違って、休みは要らないと思っていた、依里子の言葉に皆が頷く。

「ああ、それで備品室でじっと動かず“休憩”、というか、充電していたのか。最初に見たとき、すっごくびっくりしたんだ。目を半開きにして微動だにしてなくて」

 たかなしの言葉に、アイが頷いて言った。

「ええ、そうです。休憩室では何ですから、備品室をお借りしていました。

 私は機械です。チャージやアップデートだけでなく、一定時間作動したらオーバーホールも必要です。また、先ほどたかなしさんもおっしゃっていましたが、今は空き時間に備品室で充電させていただいています。その時間が取れなければ、当然、動けなくなります。予備のバッテリー交換で対応する方法もありますが、その場合は、新たにバッテリーのレンタル費用がかかってきますし、そうした方法を取る場合もバッテリーの交換時間は多少なりかかります」

 機械です、と本人(?)から言われ、何となくおかしな空気が流れた。そう、彼女は、人間ではない。わかってはいたけれど…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る