第27話
「あなたは資格保持者だからよくご存じだと思うけど、私には不動産とはいえ資産があるから、高齢者サポート費がほとんど出ないの。年金と、これまで資産運用で得てきた少しの蓄えがあるから、何とかやっていけているけれどね。だから、ね、とてもじゃないけれど、あなたにお小遣いを出す余裕はないわ」
「はあ…。いえ、そんな、お小遣いをいただこうだなんて、私は―」
そう言いかける依里子を気にも留めず、貴禰は話を続けた。
「光熱費、消耗品の購入、食費、そういった生活費は、こちらで出します。それが、この契約の骨子ですからね。食費は毎月決まった額を渡しますから、それでやりくりしてちょうだい」
「やりくり、ですか」
「そうよ。やりくりが必要になるわ。実はね、シミュレーションソフトで、1人から2人になると生活費がどう変化するか、調べたのよ。今のままだと、2倍まではならないけど、大体、1.7倍はかかるという結果になったわ」
「なるほど?」
「でも、私の年金その他で1.7倍は、正直厳しいの。申し訳ないけれど、これまでの生活費の1.5倍、これをあなたに託します」
「はあ」
1.5倍。母数がわからないから何とも言えないけど、基本、かなり引き締めが必要な感じ? こんなたいそうなお屋敷に住みながら、以前と同じケチケチ生活かよ…。内心でそう毒づく依里子には構わず、貴禰は話を続けている。
「光熱費や消耗品費、食材費なんかは、切り詰めるのは難しそう。見直すとしたら、サービスの部分かしら」
「…そうですね」
「今使っているのは、調理宅配サービスと見守りサービスね。見守りサービスは当面変更しない予定だから、見直すとしたら、調理宅配の、料理のサービスだわね」
え、宅配料理サービスって、あの夕食? それを見直すってことは、私が(だよね?)夕食を料理するってこと? そんな面倒はごめんだわ。何としても、これまでどおりに、サービスを利用させていただけるようにしないと。そうなると、光熱費を切りつめるということになるかしら? それとも、私が傍にいるから見守りサービスはカットする、という方向に説得するのが得策?? ―そんな依里子の胸中を知ってか知らずか、貴禰はさらに説明を続けた。
「お料理のサービスを手放すのは本当に惜しいのだけれど、でもほら、一流仕出し屋の『さのう屋』さんのものだから、お値段がそこそこ張るのよ。食材は、このお店が使っているものなの。品質がよくて信頼置けるから、せめてここだけは替えないで。後はお任せしますからね。
あなたがうちの家計の共有口座にリンクできる設定が完了するのは、こないだ提出した書類が受理されてからになるそうだから、まだ当分使えなさそうよねえ。使えるようになったらすぐ、毎月1ヵ月分ずつ、お金が入るようにしますからね」
「1ヵ月分って、おいくらなんでしょう?」
遠慮がちにそう訊ねる依里子に、貴禰は黙ったまま手元の機器に触れた。ピピッとポーチに入ったモバイルが軽快な音を立てる。
「確認してちょうだい。まだ口座は使えないけれど、1ヵ月の金額と過去3年分の家計簿データを送ったわ。これを見て、今後のことを計画してみていただけるかしら」
笑顔で促され、端末を取り出しデータを確認した依里子は、ふーん、と小さく鼻の中で息を吐いた。これまでの支出平均は、月24万、1.5倍なら36万。これまでの支出を見ると、24万のうち食費や宅配サービスが16万。結構な額じゃないの。私がこれまで食費にかけていた金額の、10倍以上ある。これは1.5倍できないまでも、20万くらいなら使える? だとしたら、まあ、かなり贅沢ができるんじゃない?
だが、次いで開いた詳細な出金履歴データを見て、思わず息を飲んだ。なにこれ? 食材費がすごく高くない? 人参1本300円? キャベツ1玉、700円って! 私なんか、2本分で150円のカット人参とか半分で150円のキャベツとか使っていたのに。宅配サービスということを差し引いたとしても、この値段はあり得ない。ちょっとちょっと、このばあさん、しっかりしてるようで実はかなりボケていて、業者にいいようにぼったくられてるんじゃないの?
画面上を忙しなく眼球を動かして見つめ続ける依里子の内心の疑惑を知ってか知らずか、貴禰は優しげな笑みを画面上を浮かべて言った。
「食材、少しお高いと思うかもしれないけれど。ここのお野菜は、どれもちゃあんと太陽の光を浴びて、大地に根を生やして育てられたものなの。その辺の安い屋内工場のものなんかとは、質が違うわ。お肉やお魚もね、自然な状態に近い環境で、手塩にかけて育てているの。だから、ね、この業者は、絶対、継続してちょうだいね。それ以外のところは自由に考えて変えていただいて構わないわ」
「自由に…」
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