第50話 鬼軍曹といっしょ
もちろん、この間にやっていたのは、着付けとお茶だけではない。もっと日常的なこと、台所仕事などについても、同時並行的にみっちり仕込まれていた。
依里子とて、料理はそれなりにやっていたと自負してはいる(何せ安上がり!)。だが、彼女の料理は専ら、賞味期限ぎりぎりか、もしくは、閉店間際の値引きで手に入れた食材を使ってのレンチン料理で、ここでの料理はかなり勝手が違う。
まず、この家には電子レンジが無い。コンロやオーブンを使って調理する。その火加減の難しいことと言ったら!
そして、包丁を使う。真空パックのカット野菜ばかり使っていた依里子には、食材を丸のまま、洗って切って調理する経験はほぼ無い。覚束ない手つきで食材を切るのは、かなり緊張する。緊張と言えば、卵。殻のままの、本物の卵なんて手にしたことが無かったから。今でこそだいぶ慣れはしたけれど、これを割って調理するのは最初のうちはかなり緊張した。
そんなこんなであれこれ緊張を強いられているのに、かてて加えて、付きっ切りの貴禰にあれこれ言われる。その指導はまったくもって微に入り細に入る、どれももっともなことなのだが、余裕のない依里子にとっては、かなり堪えるものだった。
「出汁はきちんと取るのよ。この家では、昆布はお水から。煮立てたお湯に入れないの。だめだめ! 鰹節をそんなに煮込まないの! 味が濁るでしょ! 火加減に気を付けて!」
「野菜は大きさを揃えるんですよ。そんなにばらばらの大きさに切ったら、火の通りにムラが出ちゃいますよ!?」
「ちゃんと面取りなさい。でないと煮崩れるからね。え? 『面取り』って、何? ですって? しょうがないわね、ほら、こうやるの。いい? ほら、やってごらん」
「ちょっと! どうして皮を捨てるの。もったいないでしょう? その部分に栄養があるのよ。え? 何言ってるの! ゴミじゃないわよ。ちゃんと使いなさい」
「違う食材をいきなり一緒に煮ないの! 入れる順番をちゃんと考えなさい。そう、ほら、火が通りにくいものからよ」
「調味料を入れるにも、順序があるのよ。『さしすせそ』、忘れてしまったの?」
Etc.etc…
依里子はそんな注意を表面上はおとなしく、内心では毒づきながら拝聴した。
『煮立たないと、出汁が十分に出る感じしないんですけど?』
『わかってるわよ! 同じ大きさに、うまく切れなかっただけなのよ!』
『煮崩れたって食べれば一緒でしょうに』
『ケチくさい、金持ちのくせに。…でも、皮ってどうやって使えばいいの?』
『さとう、しお、酢、せ、せ、ああ、なんだっけ!?』
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