第93話 貴禰、回想する

 モバイルをしまいながら、ため息1つ。やっぱり、そうそう妙案は浮かばないか。何か、きっかけがあればいいのかもしれない。たとえば、クリスマスにかこつけて、プレゼントを渡して話をする、とか。うん、悪くない感じ。問題は…今がまだ11月半ばで、クリスマスまで1ヵ月以上あるということだわね。さすがにあの空気の中、さらに1ヵ月過ごすのはつらい。うーん。

 …この国に感謝祭のイベントが導入されてないこと、今初めて悔やんでいる。


「…え? やば!!」

 ふとカリヨンを見上げ、我に返った。今日って、配達の日だったんじゃ? 仕事の都合で、配達時間を変更するようお願いしたような。…あと10分、うわあ、間に合わない!! 慌てて立ち上がり、猛ダッシュで公園を後にした。


        ***


 モバイルをオフにして目を瞑り、貴禰は凝った肩を解すようにゆっくりと首を動かした。そろそろ配達の時間だというのに、依里子が帰ってきた気配はない。今日は、自分が受け取りにいかなくてはならないかしら。


 キッチンに向かいながら、

「どうしたもんかしらね?」

 自分で自分に語りかけるけれど、当然ながら、返事はない。どうしてこんなことになっちゃったのかしら。いい感じで、2人でアフタヌーンティーを楽しんでたのに。まったく、あの“まじばか”ときたら! …まあ、しかたないか。昔っから、ああいう感じだったものね。

 いつだったか(少なくとも、80年は前よね)、歴史のテストで幕府成立は4192年と回答して×を食らっていたっけ。いったい何世紀後の話?? って突っ込んだら、え、だって、よいくに作ろう、でしょ? と、きょとんとした顔で返されり―。


        ***


 キッチンに着くやいなや、インターフォンが鳴った。どうぞ、と応えてスイッチを切ると、間もなく幸樹が姿を見せた。

「あれ? 貴禰さん? 今日は依里子さん、不在でしたっけ?」

 あいつの都合に合わせて、時間調整したのに、そう言いながら荷物を置き、伝票を手渡してくる。サインしながら、

「そう、最近、なかなか帰って来ないのよ」

 と言うと、そうですか、と呟き、次いで声を潜め、

「喧嘩してるんですか?」

 と、聞いてきた。いや、喧嘩はしていないはず、確か。そう思いつつ否定すると、再び、そうですか、と呟いて、それから意を決したかのような顔で言った。

「どうも、あいつ、じゃない、依里子さんの様子がおかしいと思っているんですけど。…本当に、喧嘩じゃなくて?」

「本当に、喧嘩じゃないの。だからこそ困ってると言うか…」

「なぜです?」

「喧嘩なら、直りしましょうなりごめんなさいなり、言う言葉もあるでしょ? そうじゃないから、ただ普通にしているしかなくて」

「あ~」

「ま、そのうち元に戻るでしょ。今は、ちょっと距離を置く、冷却期間みたいなものよ。だからあの子も、4丁目の公園で時間潰したりしてるんだわ」

「けど、依里子さんがまごにも衣装云々の話を俺にしたの、かれこれもう2週間前ですよ? それでまだこの状態、そのうち本当にちゃんと元に戻るんですかね?」

「…そう思いたいけれどねえ。いつまで続くやら。お互い意地っ張りだから」

「ああ、まあ、それは、そうですね」

「あ、そこは、そこは否定するところじゃなくて?(笑)」

「すみません、つい」


 軽口をきいたら、少しだけ気が晴れた。そして、思い出した。幼いころ、お守り役の初海さんと交わしたやりとりを。些細なことで(今となってはそのきっかけも思い出せない)クラスメイトと気まずくなった私に、あの人は言ったのだ。


『お嬢様、変に頑固ですね。もやもやするなら話しかければいいでしょう?』

『それができたら、苦労しないわ! だから困っているんじゃないの』

 わかってないわねと言う私に、彼女は静かに、諭すように言った。

『できれば、ではなく、できるようになってください。いつか、後悔するできごとにぶつかる前にね』


 あの言葉は正しかった。それから数十年後の、とある日。久々に尋ねてきた息子と口論になり喧嘩別れ。その数日後に、彼は消えてしまったのだ。見知らぬ幼い少女を車の事故から救って、自分は命を落として。…父親とまったく同じ。変なとこ似ちゃって、まあ。


 しんみりとした思考に陥ったのを振り切るように、貴禰は首を振った。

 そうね。いつどうなるかわからないんだもの。早くすっきりさせなくちゃ。ここは年の功、私がきっかけを作るしかないわね!

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