第59話

 帰宅後、調理しながらも、依里子の頭からアイの言葉が離れることはなかった。

 2人で交わした会話を反芻していると、貴禰から、包丁を扱うときはちゃんと集中なさい、怪我するわよ、と窘められた。

 ああ、すみません、と、うろ返事をし、それからふと、脇に立つ貴禰の顔を見る。歳の割には若いけれど、若いころにはさぞや美人だっただろうと思わせるものがあるけれど、生きてきた長さをうかがわせる痕跡がある、顔。


「何よ? 私の顔に、何か付いている?」

「え、いいえ、すみません。考えごとをしていて…」

「考えごと?」

「ええ、そうです。実は―」


 そうして依里子は、アイのこと、施設でのできごとを、貴禰に語ってみせた。


        ***


 貴禰は、皆に受け入れられたい一心であらゆる試みを実行し、それでもなお報われないアンドロイドの介護人の話を、深い興味を持って聞き続けた。あらそう、まあ、と盛んに相槌を打って熱心に耳を傾ける。それが依里子には、新鮮に映った。


 この話をこんなに熱心に聞く人は、貴禰さんが初めて。もっとも、私が他に話したのは、例の、匿名のチャットサイトグループ内でだけだけれど。あの子たち(たぶん…おっさんが交っていても、わからないけれど)は異口同音に、おかしなロボットね、とか、こういうのが増えると人間の仕事が圧迫されて困るね、とか言っていた。貴禰さんも、似たような反応をすると思っていたけれど、

「可哀そうねえ」

 と言われるとは思っていなかった。


「可哀そう? ロボットが、ですか?」

 感情は無いでしょう? 依里子が聞くと、貴禰はゆっくりと首を振った。

「じゃあ、聞きますけどね。感情って、なに?」

「え? なに? とは?」

 意図するところがわからず不審げな声が出て、慌てて元の声音に戻した。

「…嬉しいとか哀しいとか、外的な要因に心が反応すること、でしょうか?」

 取りあえず思いついたことを言うと、まあ、そうね、反応、と呟いてから、

「それって、つまりは、脳内の電気信号のリレーよ。シナプスとシナプスの間を電気が走って、いろいろな反応を起こしている。機械と似たようなものじゃないかしら」

「はあ、まあ」

 電気信号、そうだ、そんなことを以前テレビで見た。だとしたら、人間らしい感情というものも、確かに機械と大差ない、のかな?


 そんな会話をしてからというもの、アイさんに会うと、つい、じっと見てしまう。私と彼女、違いは一体何かしら、と(誰? 今、容姿って思ったのは!?)

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