第58話 アンドロイド、努力する

「ですが、そんな方々も次第に、あんたは違う、嫌、とおっしゃるようになって…」

「…思い当たることは、無いの?」

「まったくありません。理由がわかれば対応も可能なのですが、ただ、違う、嫌、とだけおっしゃるので、本当に訳がわからなくて」

「そう」

「なので今、条件を挙げて検証しているところなんです」

「条件? 検証?」

 突然の、情緒とはかけ離れた言葉に思わず聞き返すと、アイは大真面目に頷いた。

「そうです。生身の人間と私と、どこが同じでどこが違うか、1つずつ検証します。見つけた違う点を人間に寄せて行けば、人間と認識していただけるのではないかと」

「なるほどね。たとえば?」

「そうですね。最近試みたのは、瞬きの速さですね」

「瞬き」

「はい、以前は4秒に一度、瞬きをするプログラムでしたが、同年代の女性1万人の画像から平均値を取って、最も自然に見える瞬きの頻度、間隔を算出しました」

「はあ」

「検証の結果、人は一定の間隔で瞬きをしていないとわかりました。揺らぎがあるんです。それを再現するよう、プログラム修正しました。瞳孔の開き具合も、修正を検討中です。入居者の方と視線を合わせた時、瞳孔が開くように」

 今後は、呼吸と心臓の動き、体内に肺や心臓があったと想定した体表の動きや音が反映されるよう調整予定です、と語るアイの健気さ(?)に、小さくため息を吐いた。人間らしくあるということは、かくもたいへんなことなのか―。


「ああ、あと、直近のプログラム修正では、ドジの踏み方も採り入れました」

「ドジの踏み方!?」

 思わず大きな声が出た。プログラムどおりにドジを踏むって、もう、何だかわけがわからなくない? 目を丸くして思わず叫ぶと、彼女はまたも大真面目で頷いた。


「そうです。入居者の皆さん相手では危険ですから、何もない廊下で躓くとか、物を落とすとか、そういった感じの。それをきっかけに、だいじょうぶ? といった会話が生まれて、自然に受け入れてもらえたらと思って」

「うーん。で、うまく行ったの?」

「…うまく行っていたら、今ごろ、皆さんのお世話を直接させていただいています」

「あ、そっか」

 涙ぐましい“努力”をしてなお報われない彼女が、何だか気の毒に思えてきた。


「私も、依里子さんのように味のある顔にしたらいいのかしら」

 人形のように整った顔で(ある意味人形だけど)凝視され、気まずくなった依里子が、なに? 私の顔に何か付いている? と聞くと、アイは大真面目に、そう言ってのけた。確かに自分でもそう思ったけれど、整った本人(?)から言われて、ちょっとむかっと来た。それから気がついた。味がある顔って、判断できるってことなの?


「いえ、私自身には判断はつきません。ある入居者の方が、おっしゃったんです。

 貴方のお顔は整い過ぎて何だか怖いわ、最近来てくれないけれど、あの子は、客観的には美人じゃあないけれど、でも味のあるいいお顔なのよね、って」


 誰だ! その入居者はっ!! 思わず内心の語気を荒くする私には気付かず、遠くを見る目でさらに話し続ける美貌のお人形。

「そうです、こうもおっしゃっていました。私は大好きよ、あの子のお顔。大事な孫だということを抜きにしてもね、って」


 孫。その一言で発言の主が特定できて、途端に、ムカつきがすっと静まった。なぜだかわからないけれど。

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