第43話 依里子、アンドロイド介護人と遭遇する
2日後の朝。職場からの突然の呼び出しに、依里子は、朝食もそこそこに家を飛び出した。お昼過ぎにジョブマッチに行く予定と伝えたら、じゃあ、その前、9時ごろにでも来てもらえない? 至急話したいことがあるから、と言われた。そう言われたら、行くしかない。これ以上仕事を減らされないためにも。
「あらあ、今日はお仕事、お休みじゃなかったの? お昼ごろに、例の手続きに行くまでは、時間があると思っていたのだけど」
急ぎの外出を伝えたとき、残念そうにそう言った貴禰の手には、茶筅。ここ数日で台所仕事に加え洗濯の作法も覚え(というか、叩き込まれ)、とりあえず家事をひととおり履修したと思ったら、今度はどうやら茶道を仕込むつもりだったらしい。
あれって、あれよね。かしこまってお茶碗持ち上げて回して、苦いどろどろの液体すすって、よいお手前です、とか言うやつ。その間ずっと正座して。冗談じゃない! ただでさえ忙しくて余裕が無いのに、そんなことまでやらされてたまるもんですか!
急な呼び出しに落ち着かなかった気持ちが、すうっと『よかった』に切り替わる。口では、すみません、何しろ、これからの仕事条件に関わることらしいので、残念ですが…と、いかにも申し訳なさそうに言いながら、そそくさと玄関を飛び出した。
***
6時間後。ジョブマッチのオフィスで「後見人正式就任連絡書」を提出した依里子は、手続き完了を待ちながらロビーの長椅子にぐったりと体を預けていた。
『まいっちゃうわ、ほんと』
そんな思いを乗せて、ため息1つ。あれじゃあ、とても太刀打ちできない…。
***
今朝9時に職場を訪れた依里子を出迎えたのは、満面の笑顔の所長。彼女の業務量をここぞとばかり減らした張本人だ。そんな相手が自分の来訪を大仰に歓迎する言葉を述べながら出迎える様子は、正直、あまり気味のいいものではない。そつなく笑顔で応えながらも、依里子の内心は穏やかでは無かった。
「あの、今日はどういったご用件で―?」
さっさと用件を済ませてしまいたい、そう思って、所長室の隅にある応接セットに腰を下ろしながら口火を切ると、
「まあまあ、三森さん。そう慌てないで。お茶でもどうかな?」
と、いそいそとお茶を(と言っても、給茶器から湯呑にジャーっと注ぐだけだが)淹れ依里子の前に置いた。屋敷で高級なお茶を飲むことに慣れた今の依里子にはどうにもひどい味に思えたけれど、いただきます、と頭を下げてから、ゆっくりと、音をたてないように飲みこんだ。
そんな彼女の内心を知らぬ男は、音を立ててお茶を啜り、湯呑を置いて言った。
「いや、大した用じゃないんだけどね。会わせたい“人”がいるんだ。で、もし時間が許すなら、仕事を見学してほしいんだけど」
「会わせたい人? 仕事を見学?」
何を言っているのか、さっぱり理解できない。大した用じゃないのに、至急、とか言って呼び出したの? 見学って何? その誰かさんの仕事を見ろってこと?
訝しさが声音に表れたらしい。所長は、これから説明するから、とさらに上機嫌で言い、次いでインターフォンのスイッチを入れて呼びかけた。
「ああ、アイさん、今ちょっといいかな? 事務所に来てほしいんだけど」
一瞬の間が空いてから、
「はい、ただいま伺います」
鈴を転がすような声が返って来た。
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