第39話

 料理はありもので作る、言われるまでもない。依里子は、これをずっと得意としてきた。ただしこれは、閉店間際の値引き食材を購入したり、ときにはできあいを調達し温めるということで、手元にあるもので作るわけではない。余らせないよう、すでにある食材をうまく使う献立を考えることは、彼女にとり初めての体験だった。こういうことも、簡単にできるようにならなくちゃなのよね―。依里子が心中そんなことを考えていることを知る由もない貴禰は、それじゃあ、食材を確認しましょうか、と声をかけて立ち上がった。


 2人して頭を突き合わせて未使用の食材を眺めては、推奨メニューを参照する。

 これからは、あなたがいるときには私もお昼食をいただくことにしようかしらね、そんな貴禰の言葉を受けて、依里子は壁に投影させた電子ホワイトボードをほぼ中央で区切った。そして左上に昼食、右上に夕食と書き込み、次いで、一番左に現在ある食材をすべて書き出した。

「まずは、これでよし、ですね」

「そうね」

 それから、書き出した食材を使ってできそうな料理を2人で出し合い、右側に料理名を追記していく。脇から貴禰が、それらメニューに使われる食材と量を次々とペンで四角く囲い、その四角をそれぞれの料理名の横に移動させた。さらに、それら料理と食材の記載を大きな枠で囲い、右へ左へ振り分けると、貴禰は、うん、と1つ頷いて、依里子のほうに向きなおった。

「こっち側、左が昼食。右が夕食ね。こんな感じでどうかしら?」

「はい、よいと思います。グラタンは、昼食でもよいですが、夕食にもできるかと」

「そうね。じゃあこれは、こうして―」

 言いながら、貴禰はグラタンの枠に指を当て、昼食と夕食の中間に移動させた。


 振り分けが終わると、依里子は、早めに使う必要がある食材を使う料理の枠を上に寄せ、さらに同じような食材や調理法、味付けが続かないようにという貴禰の注意に従い枠を並び替えて行った。

 そうしてその夜の食卓には、白菜と豚肉のミルフィーユ蒸しとカボチャの素揚げが上ることになったのだった。


        ***


 とりあえず一安心だけど、これから料理担当か。しかたないけれど、やはりあの調理サービス打ち切りはつらい―そんなことを考えていた依里子の顔は冴えなかった。貴禰が、そんな彼女の肩を軽く叩いた。

「そんなしけた顔しないの! お料理は楽しいものよ? あなたにとっては、お料理の腕を磨くいい機会じゃないの。この機会を楽しもうって、考えなさいな!」

 そう晴れやかに言うのに、はあ、と生返事をする。

 ああ、やっぱり、『私たち』じゃなくて、『私』が調理担当なのね…。


        ***


「明日の献立は、何がいいかしらね? あなた、一緒に食べられるのよね?」

「はい、仕事は休みです。メインは、鯵の干物、肉じゃがか、カレーでしょうか」

「あら、いいわね。カレーは年寄りには向かない、なんて考えないことね。年寄りには和食、というのも、無しよ。確かに和食は好きだけど、同じくらい、洋食も中華もエスニックも好きよ。

 誰かが私のために食事を用意してくれるなんて、嬉しくて、わくわくしちゃう! あとね、何品も用意しなくていいのよ。それが重荷になって料理が苦痛になったら、本末転倒だもの」

 楽しんでやりなさい、何事もね、私、とても楽しみにしているんだから―。

 楽しんでやりなさい、何事もね、私、とても楽しみにしているんだから―。

 そう貴禰が繰り返すと、依里子の目が大きく大きく見開いた。

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