第88話 貴禰の昔馴染み、不穏な波紋を投げる
そんな依里子に目を止め、老婦人(あそうさん? ましばさん?)が、ぱっと笑顔になった。
「あら? こちらは、お孫さんかしら?」
「いえ、彼女は…」
だが、そう言いかける貴禰の言葉に聞く耳を持たず、老婦人は、あらまあ、いいわね、水入らずでお茶なんて、と言った。
「ああ、お嬢さん、本当に可愛らしいわあ。お着物も素敵よ」
「あ、ありがとうございます」
「ほんと、若いっていいわねえ。こんないい着物を着せてもらったのね。『まごにも衣装』とはよく言ったものだわね」
「「え?」」
思わず、2人の声が重なる。どういう意味? 貴禰の元クラスメイトを名乗る老婦人の言葉に、依里子は固まった。
そう、どういう意味? 私が、いいところの家の出の貴禰さんの孫じゃないと気づいて、それで嫌味を言っているの? 分を
ネガティブに拍車がかかり、一気にそんな思考に落ち込んだ。
…そうだ、私ってば、何をいい気になっていたんだろう? こんなに高級な着物を着て、ハイソな場所で、高額なお茶を、他人のお金で! 馬子にも衣装なんて嫌味を言われて当然じゃないの! きっと、貴禰さんだってそう思っているに違いない―。
所詮は後見人、というネガティブ思考から一気にそこまで考えてしまった依里子は、恥ずかしさに耐え切れなくなって勢いよく立ち上がった。はずみで椅子が派手な音を立てて倒れ、店内の注目が一斉に集まる。かぁっと頬に血が昇るのを感じ、いたたまれない気持ちで店の外へと走り出した。
「あ! ちょっと!」
貴禰が慌てた声で立ち上がるが、依里子はもう、立ち止まることはできなかった。
***
走り去る依里子の後ろ姿を茫然と見送って、貴禰は再び腰を下ろした。
こんなシーン、少女漫画や映画だったら、袖で涙を抑えて小走りにタタタっと走り去るものだけれど。あの子ったら、裾をからげて猛ダッシュ(あのスピードたるや、とてもじゃないけれど追いつける気がしなかった)。ただただ茫然と見送るしかなかった。あらあ、どうしたのかしらねえ? その様子を見ても一切悪びれず呑気な声音で言う元同級生に怒りが沸き、勢いよく振り返ってきつめの口調で言った。
「あなたね! なんなの、あの言いぐさは? 失礼じゃない!?」
「あらどうして? 褒めたのに。お孫さんに素敵な衣装で、いいわねって」
「…もしやあなた、馬子にも衣裳って、そういう意味だと思ってたの?」
「あら、違うの?」
「ああ、もう!」
思い出した。この人、学生のころからこんなんだった。だからこそ、”まじばか”、だったんだ。にこにこふわふわしていて誰からも愛されるけど、どうも頭のほうはいまひとつ。今みたいなとんでもない勘違いなんて、しょっちゅうだったわ。
「あの、お客様?」
「はい?」
頭痛がして眉間を揉んでいると、ホテルの従業員から控えめに声を掛けられた。
「はい、あの、お連れ様が、こちらを落として行かれましたので…」
そんな言葉とともに恭しく差し出されたのは、あの子の履いていた草履。片方脱げたままで、走り去ったのか。まったくもう、シンデレラかよ!
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