第44話

 1分の後、失礼します、という声とともに現れたのは、すらりとした、目の覚めるような美女。およそ介護施設に似つかわしくない美貌の出現に、依里子は瞠目した。そんな不躾な視線を気に留める風もなく、美女は呼ばれるままに所長の前に立つ。


「仕事中にすまないね」

「いえ、ちょうど一段落したところでしたので。あの、こちらの方は?」

「あ、ごめんなさい、じろじろ見て。あんまり綺麗だから、あの…」

 美女の最後の言葉が自分を示すことに気付き、そして、自分があまりに不躾に彼女を見つめていたことに思い至り、依里子はしどろもどろに詫びの言葉を並べた。それに対し、美女ことアイが反応するより速く、得意げな男の声が言った。


「そうだろ? 綺麗だろ? だけどね、外見だけじゃないよ。介護の実力もばっちりなんだ。美人で、性格も仕事の手際も、非の打ちどころがない我が職場のエース! 何しろ彼女は最新鋭の介護アンドロイドだからね」

「え? アンドロイド?」

 依里子がそう問い返すと、『それ』は目を細め、口角を引き上げて(笑顔を作ったつもり、らしい)、

「アイと申します。お会いできて嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」

 と、その美貌によく似合う美しい声で言ったのだ。


「そう、こんなに細いのに、大の男を持ち上げられるんだ。羽埜さんだって楽々さ」

 はのさんって、体重100キロ超えの、あの羽埜さん?? マシンが使えないときの彼の体位換えは本当にたいへんで、人間だと少なくとも2人掛かりだった。それを、この細腕が一人で(で、いいのかしら、一台じゃあ、ないわよね)?

 そんなことを考えながら黙り込んだ依里子に向かい、介護アンドロイドは優しげに微笑んで、事も無げに言った。


「そのように作られているのですから、当然のことです」


 …まあ、確かにね。

 で、私は、何のために呼ばれたんだっけ?


 思考が再び巡りはじめ、そういえば、仕事を見てほしいとか言われたと思い出す。もしかして、この自慢のアイさんの仕事ぶりを見せつけようってこと? で、こんな優秀なアンドロイドを導入したんだから、もうあんたは要らないと、暗に伝えようとしているってこと??

 ぞっとしないけど、あり得る、そう思ったときに再び男の声がした。


「実はね、ゆくゆくは、三森さんが働いている施設のほうにも行ってもらうつもりでいるんだ。だからまあ、いわゆる顔合わせというところかな? それに、どんな仕事を、どんな感じでするかを知っておいてもらえたらと思って」

「はあ。なるほど」

 取りあえず返事をするけれど、どうして私だけに? とは訊けなかった。やっぱり、何か含むところがありそうで。


        ***


 そうして2時間ほど見学したアンドロイドの仕事ぶりは、それはそれは素晴らしいものだった。確かに、所長が自慢するだけのことはある(と言っても、彼や施設の“持ち物”ではなく、リース“物件”だそうだけど)。

 とにかく動作が素早く無駄がない。相当体格の良い相手でも、驚くほどのパワーであっさり対処する。その様子は、見ていて感動を覚えるほどだった。…当の入居者の男性は、若く細い“美女”に軽々と抱え上げられて、かなり戸惑っていたけれど。

 あんなのが職場にあったら。24時間、愚痴も文句も言わず(そして、噂話などに興じて、聴き付けた入居者やその家族に苦情を言われるおそれも無く)、夜勤や超過勤務も(超過という概念がそもそも当てはまらないだろう)無制限にOKで、さらにそうした勤務への支払いも不要となれば、もう人間が太刀打ちできる余地は無い…。あんなのが増えたら、行動にむらのある人間の介護人が邪魔にされ仕事を減らされても不思議はない―。

 そこまで考えて、依里子は、はぁ~、と、深い息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る