第29話 依里子、収入減に直面する

 モバイルに貴禰が送ってよこしたシミュレーションアプリ、関連情報、物価動向等の各種情報も加えて何度も計算を繰り返したが、どこをどう切りつめても、調理宅配サービスを使う余裕がない。やはり自分で料理をするか、自腹を割くしかないか…。


 だがこの自腹を割くという考えはすぐに瓦解した。勤務を昼のみにしたいと告げると、施設側は、待ってましたとばかりに、希望した以上の時短提案と配置転換を打ち出してきたのだ。

 2年前に発足した『労働者保護法』により、現在就いている仕事や就労者を雇い主側が減らすことは認められなくなった。この法律は、進化を続けるAIやロボットに人間が仕事を奪われないように保護することを目的としたものだが、これはつまり、雇い主側がテクノロジーの恩恵を得て人件費削減を推進することがままならなくなるということでもある。畢竟、雇用者側は、労働者側からの仕事を辞めたい、もしくは減らしたいとの申し出を待つしかなく、そのような機会が得られるときには、それを最大限に生かそうとするようになる。


 依里子の申し出に、施設の所長・伊森は渋面を作ってみせた。曰く、昼勤のみで、しかも朝食後からの勤務という条件だと、要介護者の多いこの施設で働いていただくのは少々厳しい、代りに、介護の必要が少ない方々が多く暮らす、隣町の関連施設で働いていただくのはどうか?


「本当を言うとね、これから、思い切ったAI化を進める手はずになっているんです。だから、こちらの施設は、あなた無しでも人手が足りるようになる予定でね。それに、あちらの施設も、正直人手は足りていて。ですから、勤務は週3日、1日5時間、いや、4時間でどうでしょう?」


 そうして提示された給与額は、これまでのざっと1/3ほど。数字を見てじっと考え込む依里子に、所長は、あなたはもう3年もの間熱心に働いてくださっていますし、入居者の皆さんの信頼も篤い、これは、そうしたことも考慮してようやく実現できる内容なんですよ、と畳み掛けた。

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