第83話 貴禰、育成計画を共有する
初めて見る情けない表情で帰って行った幸樹を見送り(これってあれ? 女の涙は武器ってやつ?)2人は貴禰の部屋に向かった。
部屋の中央には瀟洒なインテリアにはおよそ似つかわしくない昔ながらのホワイトボードが どーん! と置かれていて、依里子は目を丸くした。
ボードは左から縦に4つに仕切られ、それぞれ上方にカテゴリ、To Do、仕掛中、完了と書かれている。さらに、横に引いた線で上下が二分されていて、一番左の枠にそれぞれ『家事』『カルチャー』の文字が入っていた。
ホワイトボードの不釣り合いさも去ることながら、何より驚いたのは、びっしりと貼られている付箋! その1つ1つに、『掃除(雑巾がけ・和室)』『茶道(客)』『茶道(亭主)』『着付け』『和服管理』などなど、おそらくは今後教わるはずの(貴禰の立場で言えば、教えるはずの)内容が書かれている。
ええ、なにこれ? そう思って依里子が近づいてよくよく見てみると、右側に貼られた付箋に書かれているのは、すでに習った覚えのあるものだった。真ん中は? と見ると、今、めっちゃしごかれ…もとい、たいへん熱心に教えていただいている内容だった。つまり、このホワイトボードの左側にみっしりと隙間なく、どころか、重なり合って貼られているのは、もしや―。
「これ、あの、もしかして、これから習うこと、でしょうか? これ、全部?」
念のため、左エリアの付箋をぐるりと指さしながら聞くと、
「もちろん! 私が元気なうちに全部伝えなきゃって、毎日必死なのよ?」
即座にそんな返事が飛んで来て、依里子は軽い眩暈を覚えた。
***
何とか気力を奮い起こし、その大量の付箋を2人で確認していく。何をどのタイミングで教えようとしているのか、それを教える理由は何か。貴禰は、1つずつ丁寧に説明した。
すべてを見終えて、どれを先に習うか、今、習っているものを先に終えるか、または、新しく始めたい(興味がありそうなものがあるかということも含め)、そうした今後の方針について相談した後で、貴禰は手をポン! と叩いた。
「そうそう、褒めが足りないって件ですけれどね。あなた最近特にがんばっているし、成長しているわ。だからね、ご褒美として、人気のカフェでお茶をするのはどうかしら? アフタヌーンティーで有名な、2つ先の駅の近くのあのホテルで。もちろん私の奢りよ」
「え、よろしいのですか? 嬉しいです♪」
先ほど雑誌で見ていた、憧れのティールーム! まだまだやることがたくさんあるのね、と凹んでいた気分が一気に上がった。爪に火を点すようにして暮らしてきた身としては、外でお茶を飲むなんて破格の贅沢であり、ましてやあの有名ホテルとなれば、もうそれは、おとぎの国のお話に近いものだったから。浮かれる依里子に、貴禰が言う。
「ただね、条件がありますけどね」
「え…」
途端に、脳内に警報が鳴り響く。そうだわ、こんなに破格の申し出だもの、どんな対価が求められるかしれないじゃないの…。
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