第35話

 ストッカーから運んできた新聞紙の上に(紙の新聞紙なんて久々に見た)、貴禰は急須の中の茶殻をざあっと出して、広げていった。いい香りが周囲に漂う。

 随分高そうな茶葉だわ、と依里子は思う。自分が使ってきたのとは、ものが違うという感じ。そもそも、こんなに香りが残っているのを捨てたりなんかしない。味も色も完全に無くなるまで、何度も使っていたもの。


「いい香りですね」

「でしょう? いいお茶っ葉ですからね。食べてもいいんだけど、今日は、お掃除に使いますよ。ちょっともったいないけどね」

「食べる? 茶殻をですか? お掃除に使うのは、どうやって…」

 掃除は試用期間中にばっちり仕込まれてきた、と思っていたけれど、まだ知らないことがあったのか、そう思いながら質問すると、

「まあ、それはまた後でね。少し水分を抜きたいからこのままにして、その間に野菜を片づけちゃうわよ。まずはこれ」

「はい」

「じゃがいも。イモ類はね、基本的にそのまま新聞紙に包むの。根菜類も同じ。あ、でも待って! 大根はまず葉を落とさないと」

「どうしてですか?」

「そのままだと、葉が成長を続けて、大根の白い部分の栄養を取ってしまうからよ。切り離して別々に保存するの。葉も美味しいのよ。食べたことある?」

「ないです。これまで買っていたのは、カット野菜ばかりでしたから。葉がついた、丸ごとの大根は初めて見ました」

「そうなの? 勉強になったわね」

「はい、おかげ様で。どんどん利口になっています」


 皮肉半分に応えると、貴禰は声を上げて笑った。何がおかしいのよ、と、依里子が訝しげな顔で見ると、ああ、ごめんなさい、と、詫びとも聞こえないような軽い詫びを言い、上機嫌で次の野菜に手を伸ばした。


        ***


 部屋に戻ってからも、貴禰は上機嫌だった。先ほどの依里子との会話を思い返し、ふ、と笑みを漏らす。


 最初に会ったときから、ずっと思っていることがある。

 あの子は、タフで計算高い自分を隠して、愛薄い生い立ちを武器に慎ましくか弱く装って、うまく世渡りしているつもりでいる。けれど、実際には、タフな自分の方が演技なのだろう、ということ。本人はそうは思っていないようだけれど。

 素は出さない、素を出すことは危険、あくまでも演技で、そう振舞っていたのが、このところ、ごくたまに、ふとした拍子に“演技”の固く厚い氷が緩み、その下に隠された素のあの子を垣間見せるようになった気がする。


「おかげ様で」


 こんな皮肉めいた口調、今までだったら絶対聞かせなかったのに。私たちの関係、これからどうなっていくかしら。そう考えるのはとても愉快な気持ちにさせられる。

 まずは、私が教えられることで、あの子の人生に少しでも役に立ちそうなことは、できる限り教えていこう。有難迷惑かもしれないけれど、知識や経験は、決して邪魔にならない生涯の宝になるものだから。そうやって私から受け継いだものを、彼女がまたさらに別の誰かに受け継がせて行ってくれたら―素敵だわ。

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