第12話 貴禰、掃除を指南する

 まずは基本のトイレとお風呂、そして台所、後は、そうねえ、書斎のお掃除はまず覚えてほしいから今日はそこからね、そんな貴禰の言葉に従いクラシカルな掃除道具を引っ提げ向かった先々で、依里子は貴禰の細かい、いや、細かすぎる指導を受けることとなった。


「水回りは汚れがこびりつきやすいと言われますけれどね、毎日やればそんな心配は要らないのよ」

「最後に、水分はきちんと拭き取ってね。水気が残っていると、カビの原因になってしまいますからね」

「お部屋のお掃除は、上の方からよ。埃は壁にも溜まるのよ。まずはたきで埃を落として、次に箒で清めて、最後に雑巾がけね。床も畳も、基本的には、“目”に沿ってね。ワックスがけや和室の掃き掃除なんかは、今度また教えますからね」


 都度、はい、わかりました、なるほど、そうなんですね、と、さも感心したように相槌を打ちながら懸命に作業しているうち、次第に、両腕が重たく感じられるようになってきた。かなりの重労働だわ、そう思いながらも、依里子は、今はただ辛抱、と自分に言い聞かせ続けて、耐え抜いた。


『今だけ、こんなの、今だけよ。正式契約を結べた暁には、何とかうまいこと言って掃除ロボット買わせて、板の間なんかは自動清掃しちゃうんだから―!』


        ***


「これで、今日のお掃除はおしまいよ。お疲れさま、とても助かったわ。

 疲れたでしょう? 汗もかいたし、よかったらお風呂を使ってちょうだい」


 貴禰にそう言われて、依里子は足を止めた。先ほど掃除をし、湯を張るタイマーをセットしてきたた風呂はユニットバスではなく、タイル張り、色ガラスがふんだんに用いられた美しいものだった。これから先、お風呂は共有していくのよね? 掃除を終え沸かしたてのあの美しいお風呂に、言われるがまま、自分が一番に入ってもいいものかしら? そんな思いで、一瞬戸惑いを覚えたのだ。

 だが、動きを止めた依里子をどう受け取ったのか、貴禰は、湯船を使うのが嫌ならシャワーだけでも浴びなさい、と言った。


「いえ、あの、バスタブを一緒に使うのが嫌とか、そういうのでは全然ないんです。ただ、私が貴禰さんより先にお風呂をいただいていいのかしら、って。それで―」

「あなたが気にしないのなら、遠慮なんか要りませんよ。一緒に暮らすんですもの、私が先に入ることも、あなたが先になることもあるでしょう」

「そうなんですね…」

 つまり、ばあさんは、私が使ったお風呂を使うことが気にならないということ?


 これは、依里子にとって、ちょっとした驚きだった。子どものころから公衆浴場や保護施設の大浴場に慣れてきた自分と違い、“ちゃんとした”家庭の人たちは家族以外との風呂の共有に抵抗があるものと、無意識に思い込んでいたから。そう素直に口すると、貴禰は目を見開き、それから、おかしなことを考える人ね、と笑った。

「そんなことじゃあ、温泉にだって行けやしないでしょう?」

「あ! そうか! そうですね! じゃあ、遠慮なく、先にいただきます」

「ええどうぞ。ごゆっくりね。タオルは脱衣所の棚にあるから、使ってちょうだい。 

 上がったら、ダイニングにいらしてね」

 そう言う貴禰に礼を述べて、依里子は自室に着替えを取りに戻った。


 ああ、誰かと家族のように暮らすというのは、こういうことなのかしら―。

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