第19話 依里子、朝食を批評される
「「いただきます」」
食卓につき、声を揃えてあいさつをし食べはじめる。平静を装いながら、依里子は、内心大いに緊張していた。口の中がからからで、味もろくにわからない。
『ご飯、軟らかすぎた? お浸し、よれよれで箸で持ち上げられない! お味噌汁は…少し、いや、かなり塩辛い? …ばあさんは、どう思っているかしら?』
貴禰は、ただ黙々と箸を進めている。だんだんと沈黙が耐え難くなってくる。
「あの? いかがですか?」
ついに我慢できず、そう訊いてしまった。その言葉に、顔を上げて真っ直ぐ視線を向けられて、依里子はどぎまぎした。
「作っていただいたものだから、あれこれ言いたくはないわ。でも、訊きたい?」
「え? あの、はい、次の参考になれば…」
訊きたい? と言われてドキリとしたが、聞くしかない。というか、訊きたい。
依里子は意を決して頷いた。そんな彼女を見て、貴禰は、よろしい、と言って箸を下ろす。鼓動が、一層激しくなった。
「まず、ご飯ね。ちょっと軟らかすぎね。年寄りじゃないんだから」
「え?」
年寄りじゃん、という言葉をすんでのところで呑み込んで、依里子は、はい、と、しおらしく頷いた。
「お浸し、これは切ってから茹でたのね。ばらばらになっちゃってるわ。こういうのはね、まず茹でてから切るといいのよ。今度教えてあげますからね」
「はい、ありがとうございます」
ほうれん草をどう調理したかまで言い当てられ、さらに今後の特訓(?)計画まで口にされ、背筋がぶるりと震えた。朝食を任せてもらう、どころではなさそうだ。
「でも、蒸さないで茹でたのは正解よ。他の野菜は蒸したほうがよかったりするけれどね。ほうれん草には、アクがあるから」
蒸す? 野菜を? 考えてもみなかった。けど、せっかく評価していただいたんだもの、ここは、いかにもわかってました、という顔で頷いておきましょ―。そう考えを巡らす依里子に、大きなダメ出しが飛んで来た。
「お味噌汁。これは…残念ながら塩辛いわ。ワカメを塩抜きしないで入れたのね?」
「あ! はあ…」
「とはいえ、お出汁をちゃんと引いたのは感心よ。やり方が正しくなかったみたいだけどね。これも、これからちゃあんと、教えてあげますからね」
「はい…」
「卵焼きは美味しかったわ。出汁が効いていて。あなた、いい味覚している」
「え、そ、そうですか?」
さんざん焦がした卵焼き。ここで褒められるとは思っていなかったので、思わず、声が裏返ってしまった。確かに、自分でも、食べてみて思ったよりも悪くないとは、感じたけれど。悪くないと言うか、懐かしい味、というか。…この懐かしいと感じたものが、いい味覚という評価を受けた。そうなのかしら。ちょっとだけ、気分が浮上する。
「そうよ。よかったわ、味覚音痴だったら、教えるにもいろいろたいへんだけれど、素地がいいのなら教えがいがあるわぁ」
おっとり優し気に言われているというのに、なぜか、厳しい鬼教官に言われているような。依里子はまたも、なんとも落ち着かない気持ちになった。
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