第70話 歩実、逡巡する

 これで7つめ、そう言いながら歩実が人形を丁寧に袋に納めるのを、依里子はにこにこしながら見守った。

 ぜひ、学校のバザー用にと頼まれたとうやまさんは、頼まれた瞬間、ぱぁっと顔を輝かせ、ええ、ええ、いいですとも、いくらでも! と、言ったそうだ。そっくりに再現するアイの新たに発見したすごい才能に驚嘆しつつ(本当に頬が紅潮した!)、よかった、と依里子も嬉しくなった。入居者の何人かが、私も作ってみたい、教えて、と言いはじめ、今では4、5人が、とうやまさんを先生とした小さな教室に参加しているそうだ。

「素晴らしい成果です。さまざまな面で、参加されている皆さん、身体的、精神的機能の向上が見受けられます。こうした活動の効用をレポートにまとめて、他の施設でも役立たせるべきですね。私、リース元にデータをフィードバックしました」

「いいですね。よいことは広めたいものね」

「ええ」


 ただ、問題がないわけじゃないらしくて。

「あの子、留学のことを伝えようとしなくて。まだいいでしょって、そればっかり」

 つかさが、心配そうに言った。

「ああ、そうか。言い出しづらいんでしょうね、きっと」

「気持ちはわかるけれど…」


        ***


 夏休みのバザー、人形は大人気だった! 収益は、全部寄付した、自分たちで使うなんてエゴいことしないよ。

 8月半ば、歩実が寄付先からいただいたお礼状を見せに来た。エゴい。そんな言葉があるんだ…。若者言葉についていけない、と思う依里子であった。


        ***


 施設を辞し、歩実は先ほどのできごとを反芻しながら駅までの道を歩いていた。

 バザーの収益の寄付に対するお礼状を見せたら、みんなすごく喜んでくれた。あの場所は、遊びに行けばいつも歓迎してもらえる。居心地がよくて落ち着く居場所を、ようやく見つけられた気がした。

 …だけど、それももうすぐ終わり。夏の終わりに海外留学するから。元々、居場所を見つけたくて、ここではないどこかに行きたくて希望した留学だったけれど、皮肉だな。今は、その留学によって、やっと見つけたと思った居場所を離れなくちゃいけなくなる。

 言い出しづらくて、散々注意を受けながらもずるずる先延ばしして。けど、いよいよ3日後に出発、もう、ここには、次に帰国する時まで来られない、そうなってようやく言う気になった。正確には、言いたくないけど言わなくちゃ、と踏ん切りがついたということだけど。

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