第81話

「貴禰さんにはいろいろと教えていただいて、それは本当に感謝しています。でも、できれば、今後どのようなことを教えてくださろうとしているのか、どんなプランを持っていらっしゃるのか、共有していただきたいんです」

 身を乗り出し、きらきらとした、というか、ぎらぎらとした目で言う依里子。

「プランを、共有ねえ…」

「はい。いつ、何を、どんな流れで教えていただけるのか。事前にわかっていれば、心づもりができます。今、何を教わっていて、この先、何を教わる予定で、あとどのくらいでクリアできそうなのか、そういった風に全体を把握できていたなら、どんな習い事も、より主体的に取り組めると思います」

「ああ、そうね」

 確かに、今どこを走っているのか、ゴールがどこにあるのかわからないと、不安になる。ちゃんと目標を明示し共有したほうが、お互い取り組みやすいかもしれない。それより先にこれを習いたい、という希望もあるかもしれないし。そう考えた貴禰は、その要望に応えるべく頷いて言った。

「いいわ。後で私の部屋にいらっしゃい。説明しますから」

「へ? あ、はい、ありがとうございます」

 つべこべ言わないで、黙って教わりなさいな! と、ぴしゃりと言われることでも想定していたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で依里子は応えた。その様子に、貴禰は内心で苦笑する。本当に、顔に出る子よね(笑)


 お茶を飲みながらあれこれ話をして、話が一区切りついたところで、

「じゃ、部屋に戻るわ。少しお昼寝をしたいから、そうね、食材の宅配を受け取ってから、始めましょう。あと1時間くらいよね?」

 そう言いおいてティールームを出ていく貴禰を、依里子は躊躇い勝ちに呼び止めた。そして、ずっと聞きたかった疑問を投げた。


「どうして、そんなにいろいろと教えてくださるのですか?」

 その問いに、貴禰はわずかに肩を竦める。

「どうして、ですって? 決まっているじゃない」

「え?」

「あなたには、私の財産をすべて受け継いでもらうのよ? 財産って、不動産や動産だけじゃないわ。私が持てる、知識も技術も、財産。だから、これらもすべてあなたに渡したいの」


 黙ってしまった依里子を置いて、貴禰は部屋を後にした。そして、急ぎ足で自室に戻る。あのホワイトボードの内容を、もう少し整理しておかないとよね。


        ***


 部屋へ戻る貴禰の後姿を見送り、依里子は、ティーセットを盆に乗せてキッチンへ向かった。洗い物を終えてテーブルに着くと、手近な雑誌を開いてみる。この家にはいまだに紙の雑誌があって、読んでみると案外面白い。古い雑誌も、目的もなくパラパラめくっているうちに、思いがけなく興味を引かれる記事を見つることもあるし。素敵なアフタヌーンティーを供するお店の特集は憧れだ。一番素敵なのは、ここから2駅ほど先のホテルのもの。お店のしつらえも食器類も、そしてもちろんあの三段のお皿に麗々しく乗せられた軽食やスイーツも魅力的。格調が高くて(ドレスコードがある!)ちょっと気後れしそうだけれど、がんばればいつか行ける日が来るかしら?

 ハーブティーの効用の特集も面白い。今度試してみてもいいかもしれない。体中に、ふつふつとやる気が漲るのを感じた。

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