第12話 勇者(3)

「勇者ぁ?」


 オレは思わず素っ頓狂な声を上げた。


 男の肉体ははっきり言って貧弱そのもの、ゴリラに対する人間、大木に対するもやしの如くひょろひょろであった。筋肉もロクについていない。


 申し訳ないが、勇者として予想される風態とは全くかけ離れていたと言わざるを得ない。


「あはは……。はい……。僕が勇者なんです……。すみません……。」


「い、いや、すまん。そういう意味じゃあないんだ。アンタが勇者である事にどうこうという」


「皆に言われます。ああ……死にたい……。」


「悪かった!!そうだよな……。見た目やステータスで判断されるのは辛いよな……。すまん……。」


 オレまで気分が落ち込んできた。そうだ。昔のオレもこうやって見た目とステータスで差別されたのだ。


 実感篭った嘆きが響いたのか、ブレイドはオレの方を見て言った。


「そこまで本気で同情してくれたのは貴方が初めてです……みんな命の聖杯に命を捧げろとかそんな事ばかり言うんです……。」


「そりゃ酷い。オレも言われた。」


「同類でしたか。意見が合いそうですね。」


「そうだな。……違う、そこは大切かもしれないが、そうじゃない。今聞きたいのはそこではなくてでな、まずーーー」


「勇者ってなんですかぁ?」


 オレが男が死んだ理由、つまり勇者と魔王のライフが共有されているという点について質問しようとした時、割り込むようにしてランが言った。


「勇者ってのは、魔王を倒す人間の中の英雄の事だ。ーーー伝説では、だけどな。」


 子供の頃に、死んだ母親から昔話として聞いた事がある。伝説曰くーーー



『魔界の王目覚めし時 聖なる剣が覚醒する その剣を抜きし者 悪しきを滅する勇者である』



 魔王とは十数年前に現れた、魔界の支配者のことである。それまで統率の取れていなかった魔界軍を一挙にまとめ上げ、人間界へと攻撃を始めた……と聞いたことがある。ただ魔王自体が攻めて来るということは無く、また魔王軍の兵士達も魔王を心酔しているようで、魔王がどのような人物かなどの情報が一切得られていない、とこれまた伝聞ではあるが、聞いている。


 そういうわけで、我々人間からすると、魔王というのは謎に満ちた恐怖の存在であった。


 そんな恐怖の存在である魔王を討ち滅ぼすことが出来る存在。それが伝説に残る"勇者"。


 勇者の振るう"聖なる剣"は、魔を断ち悪を穿つ、光り輝く勇気の剣。


 人々は勇者とその剣で世界が救われる事を待ち侘びている。


 だがその登場は未だ果たされていない。ジョセフのような、勇者に頼らず魔王を討伐せんとする冒険者が現れているが、魔王討伐もまた、現実には成し得ていない。ただ魔王による人類蹂躙が続くのみである。



 その勇者と剣が、眼前に居るのか。


 改めて考えると、中々に珍しい物を見ている気分になる。


 だがそれ以上に不思議だ。この痩せぎすの男が本当に勇者なのだろうか。勇者だとすれば……。


 オレは彼の背中にある光輝く剣に目をやった。鞘に収まっているため、詳しい見栄えは分からないが、少なくとも鍔つばの宝玉は豪華で、太陽の光を受けたわけでもないのに常に光輝いていた。この街は港街、日差しは良いが、ちょうどオレ達が居たのは日陰だった。それでもまるでランプのように煌めいている。


「確かに剣は、珍しいものに見えるが……これが本当に聖剣なのか?」


「僕の実家の近くにあって、僕しか抜けなかったんです。多分そうだと思うんですが、正直分からないです。自信ないです。使った事ロクにないので。」


「本物よ。」


 その肯定の言葉は思いがけないーーーいや、ある意味当然かもしれないーーー所から聞こえた。


「ストレア?」


 汗だくで顔が引きつったストレアであった。


 この反応。この顔。それに先程の言葉『勇者と魔王のシステム』。オレは何となく理解できたが、今はまだ言わないでおこう。


「その剣は、勇者として選ばれた者しか引き抜けない剣、エクスセイバー。魔王、つまり魔界の住人の支持を受け、そして人間や自然への憎悪を抱く者が現れた時に覚醒する剣よ。」


「なに、心でも読んでるわけ?」


「まぁそういう奴が現れると往々にして魔力が溢れたりして世界のバランスが崩れるのよ。それを検知するの。そして、エクスセイバーが覚醒した時、ランダムで人間を対象にその剣を使う者を選び出す。それが"勇者"となるの。」


「そういうシステムがあるってこったな。」


「まぁ、ね。さっきも言ったけど、魔族が集合しすぎると世界のバランスが崩れるから、それへの対抗策として用意したの。ちょっとした余興として楽しめるかなと思ったものあるけど。」


 なんて言い草だ。世界の命運もこの女に掛かれば余興扱いである。……多分、事実なのだろう。事実だからこそ腹が立つというものであるが。


「で?」


「で、って?」


「とぼけるなよ。それだけじゃお前が滝のように汗を掻いている理由には何ねえだろ。」


「……♪〜」


「誤魔化せてないですぅ。」


 ランにも指摘されて観念したのか、ストレアは肩を落とし、一際大きな溜息を吐いてから言った。


「……ライフ共有。」


「僕と魔王のですか?」


「それ。その予想は正解。今確認したら、確かに、アンタのライフと魔王のライフの参照先が一致してた。だからアンタが死ぬと魔王が死ぬ。魔王が死ぬとアンタが死ぬ。そして、魔王が生き返ると、アンタが生き返る。」


「……つまり、このブレイドだったか、さっきは本当に死んでたと?」


「ええ。そして、誰かが多分魔王の方を蘇らせた。そしてブレイドも生き返った。ライフ共有は間違いないから、この推測も恐らく、確定と言って差し支えないでしょうね。」


 ストレアが頭を抱えた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!なんで一番の見せ場の勇者と魔王にこんな致命的なバグがぁぁぁぁぁっ!?」


 お前の世界本当にバグだらけだよな。


「とっとと消すわよ!!」


 そう言ってデバグライザーを起動しようとした時、


「ち、ちょ、ちょっと待って!!」


 そう声を上げて止めたのは、先程まで沈んでいたブレイドであった。

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