第9話 侵攻する魔界の軍勢をぶん殴れ(3)

「では、この場はお任せ致します。どうか皆さんをよろしくお願いします。」


「勿論。何とかしてみせるさ。」


 そう言ってオレ達は、王子とその護衛を送り出した。残されたのは巫女とその護衛、即ちミカとオレとストレアである。ランはちょっと用事を頼んだので出掛けている。


「さて。」


 オレはそう言って、街の真ん中に聳える壁を見つめた。


「この壁が壊れるまでは何とかなる。」


「そうね。」


 ストレアが鼻をほじりながら言った。


「どーせ、その間にアンタが先陣を切るって作戦でしょ?作戦ですら無いけれど。」


 ストレアが鼻くそをピンと指で弾いた。どうせそんなこったろうと思ったよ、と言わんばかりの態度である。


「まぁ、な。」


 考えている事を先に言われてしまった。だがまぁ、それ以外にいい案なんて無い。一応もう一つ策は用意しているが。そちらはランに任せた。「お任せ下さいぃ!!」と言って喜んで飛んでいってくれた。かわいい奴だ。頼むからドラゴン形態はちゃんと目的地に着く前に解除してくれよ。


「私も……。」


 ミカが何かを言おうとしたが、何かを言おうとしているのか理解したオレは、割り込んで言った。


「いや、それは危険すぎる。」


 確かに巫女様のステータスは結構高い。オレは彼女のステータス画面を表示した。



 LIFE : 2

 STR : 88

 INT : 88

 DEX : 88

 VIT : 88

 AGI : 88

 LUC : 88

 SP : 0



 ライフの異常さに目を瞑ったとしても、平均的に高い。全てが一流以上の能力を持っている。だが、それでも、数の暴力には対処出来ないだろう。


「ミカはここで待っていてくれ。」


「そういうわけには行かない。彼が、セディナ王子がこの地を去ったのは、私が原因だ。私にも少しでもその罪滅ぼしをさせてほしい。それに。」


 彼女は街に造られた休憩所を見ながら言った。


 怪我人がベッドの上で眠っている。


 その枕元には一冊の本があった。


 その表紙にはーーー。


「……記憶が無いとは言え、私が説いたという教えを信じている者も、ここには居る。そんな彼ら彼女らをただただ見ているだけなど出来ない。私自身が守らなくてどうする。」


 彼女は、自分の指に嵌められた、命の聖杯を模したリングを見つめて言った。


 その目は強い決意に満ちていた。


「……分かった。オレはとにかく敵将の首を取る事を優先する。だからミカは、この壁の周りを守ってくれ。」


「了解した。ーーー安心してほしい。そこまで無理をするつもりは無い。ここには王子が率いていた優秀な兵士達も居る。あくまで私は、彼らのサポートに徹する。」


 無理はするな、と言いたかったが、先に言われてしまった。オレは肯き、ストレアの方を向いて言った。


「お前は」


 ストレアは寝床の上で横になり、足を組んで欠伸をしていた。こちらに背中を向けている。


「ふあぁぁぁぁぁ。眠ぃ。あー、作戦会議という名の無駄時間は終わった?終わったらとっとといってらっしゃいな。アンタならチャチャチャっと終わるでしょ。アタシは手伝わないわよ!?」


 こいつは全くもって腹立たしい態度を取って下さる。いっそ蹴りたいその背中。そこをぐっと我慢する。


「そのまま寝てろ。怪我人が出たら誘導くらいはしろよ。」


「はいはい。」


 こいつは本当にどうしようもない。が、まあ仕方ない。神なんだから。神が人に手を貸してもらっても困る。こういうのは人か魔族がどうにかするもんだ。オレ?オレはまぁ人だと思う。神という立場になったとは言われたが、それでも人である事を止める事はできない。目の前に傷ついた人達がいて、彼ら彼女らを助ける術があるのなら、余計に。


「深入りはし過ぎない方がいーわよ。色んな意味でね。」


 オレの心を読んだかのように、ストレアは言った。


「バグで管理者になったアンタの寿命はどうなってるか分からないけれど。普通の管理者なら、アタシと同じように無限よ。こんな事今までもこれからも何度も起きてる。魔界ですら内戦で傷つく奴らはいる。それを全部救うなんて無理だし、管理者、即ち神様としてやっていいかというと否よ。理由は分かるわよね?」


「……ああ。」


「ま、今回というか。今の魔界の連中は怪しいからね。介入も止む無しってとこじゃないの。今も壁の向こうからバグの匂いがしてるし。」


「先に言えよ。」


「言うタイミング無かったのよ。王子様が居るところで言ったら大変でしょ?アタシの責任になっちゃうから。」


「……バグを作り込み利用された事に関しては、何れにせよストレアの責任なのではないか。」


 ミカが手を顎に当てて言った。


「よく分かってるな。」


「ここ数日で大凡理解出来た。」


「……あれ?アタシの味方、居ない?」


 事情を知って味方する奴は居ないと思う。


「まぁ、そういうわけで、今回、いや今の魔界の連中のようにバグが関係している場合、アタシは口出ししない事にして上げる。でも手もあんまり貸さない。バグについては対処するけどね、勿論。」


「それでいいよ。オレもあまり深入りはしない事にするから。」


 寿命が普通のままならいいんだが。ダメなら、確かに介入や愛着を持ちすぎると、心が疲労しそうだ。


「んじゃいってらっしゃい。」


 ストレアが再びゴロ寝を始めたのを、オレ達は目を細めて見つめた後、溜息を吐いてから壁を乗り越え、魔物達の前に立った。



「ナンダ?」

「食イ物カ?」


 魔物達が壁に乗ったオレ達を見て口々にそんな事を喋り出した。手には死んだ兵士の頭や胴体、腕が握られていた。……壁を叩く音がしないと思ったら、なるほど、お食事中だったようだ。


「誰だ!?」

「危険だぞ!!」


 それを邪魔するように何人かの兵士が攻撃を加えている。小型のゴブリンなどはそれで倒れているが、大型のオークなどには反撃をくらっている。ギリギリ耐えられているという感じだ。それでも多勢に無勢、数は減らされているようではある。先ほどの死んだ兵士のような犠牲も出ているようだった。


「王子様の手伝いでな、ちょっとしゃがんでくれ。」


 兵士達に言うと、彼らは「何を言っているんだ」という目でこちらを見てきたが、オレが手に込めた力を見て何が起きるか理解したようで、思わずしゃがみ込んだ。


「ン?」


「破ぁっ!!」


 オレは振り絞った腕を思い切り解き放ち、剣を抜刀するような勢いで振るった。


 その腕から発生した衝撃波が、兵士達の真上を通過し、応戦していた魔物達の上半身、あるいは頭をスッパリと切り裂いた。黒い血が雨の如く降り出した。


 魂牌流・交崇裂源こうすうさくげん。自らの肉体を刃と変え、敵の頭数を減らす時に使う技。一時的に腕から衝撃波を発生させ、一定のステータス以下の敵の体を引き裂く、擬似的な剣技である。


 元々魂牌流はステータスに依存せず己の技量(DEXではない)だけで発動可能な技を目指してジョセフが開発したものである。それをオレのステータスで行えばどうなるか。元々の技の切れ味に、オレの桁違いのステータスという暴力が加わり、ほぼほぼ全てのものを断ち切れる程の威力にまで発展していた。


「ウ?」

「ゲ?」


 魔物達が何が起きたのかという顔で宙を見る。そしてゴロン、と、切り裂かれた肉体が地に落ち、地に帰っていく。


「……ん、え?」

「今の、は?」


 兵士達もまた同様に動揺していた。が、とりあえずは今の一撃で犠牲になった奴はいないようだ。後は細々とした小型の魔物だけが残された。これなら油断しなければ対処可能だろう。


「ミカ。ここは任せた。」


「承知した。頼むぞ。」


「勿論。」


 そう言ってオレは駆け出した。



「ブェ」

「フギュ」

「ムビェ」


 自らのAGIを生かして走る。走る。走る。その移動経路に存在するあらゆる敵に、オレは拳を振るう。


 顔に。

 腹に。

 腕に。

 オレの拳が命中し、それを中心とした人一人通れる程度の穴が開く。


 その、黒い血が滴る穴を通る。


 穴はオレが通ったことで更に広がり、先程聞いたような悲鳴と共に、肉片塵一つ残さず消滅する。


 亜高速も出そうと思えば出せる。そうでなくともこれ程度の影響は与えられる。


 通り道は文字通り草一本残らず、ただ荒地の肌と黒い血だけが残された。後、何が起きたか理解出来ずキョトンとしている兵士達。


 そんな光景が戦場の至る所で発生した。いや、させた。


 相手のAGIはせいぜい100。オレのAGIは4294967295。桁が幾つ違うのか。スピードが段違いなのだ。次元が違うという奴である。とりあえずこのAGIとVIT、STRで走り続けて殴り続けるだけで敵は殲滅出来るのだ。


 だが問題はこれだけでは解決しない。指揮官と、バグを見つけ出さねばならない。


「見つけたわよぉー。」


 ストレアの声が懐から聞こえた。ストホから通信が入ったのだ。


 オレはその場で足を止めてストホを取り出し通話を開始した。

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