第9話 侵攻する魔界の軍勢をぶん殴れ(2)

「私に?」


「ええ。こちらが証明書です。」


 オレは大臣に渡されていたオレ達の身分を証明する書類を見せながら言った。


「ふむ。確かに貴方達は使いで間違い……、待って欲しい。署名が、サバイ大臣?父はどうしたのです?それに、その、後ろのフードを被った女性は、もしや……?」


「その件に関するお話しとなります。どこか一目を避けられる場所はありますか。」


「……こちらへ。」


 そう言うと王子は、近くの兵士達に待機を命じ、近くの民家だったと思われる場所に作られた臨時施設へと案内してくれた。



「それで。」


「まずは先程の疑問について。貴方のお父様、デイドリー王ですが、残念ながら、数日前に亡くなりました。」


「なっ……!?本当ですか!?あれだけ元気だったというのに……!?」


「その点についてなのですが……。」


 オレはここに来るまでの道中で整理した内容を説明した。といっても嘘をついたり誤魔化したりしたわけではない。デイドリー王はマクア主教に謀殺された事、現在王位を継承出来る者が居ない事、ドミネア教の支配を宣言してしまった事で、教会と王宮との諍いが起きてしまい、現在はセルドラール全体が一旦ドミネア教の管理下に置かれている事。そして、その発端となった巫女は記憶喪失である事。


「なんたる……事だ。ああ、これは、なんだ。悪夢、なのか?現実とは、とても、とても思い難い。マクアめ、なんて事を。」


「そういう訳で、このままドミネア教の支配を続けさせるわけにも行かず、一方で王家で継承出来る者もセルドラールには居ない。そういう事でセディナ王子をセルドラールにお連れするべくここに参りました。」


「そうか。……そうか。私に声を掛けなければいけない程、か。」


 その言葉の意味は何となく理解出来た。旅の途中で聞いた話だが、彼は政治には疎いのだ。


 セディナ王子は第三王子。小さい頃から剣術を嗜み、帝王学よりも狩りや冒険を楽しんでいたのだと言う。国王としての素質は第一王子、第二王子の方が優れていたという事もあり、「国の事は兄に任せる」と言って、彼は今のこの魔界との戦争を終わらせるために戦う事にしたのだとか。


 彼は床を叩くように足を上げ下げした。


「ああ、嗚呼、もう。平和ボケした兵士達め。血生臭い僧侶共め。ああ、嗚呼。その場に居れば良かった。ここに、いや、ここに来なければそれはそれで。問題が起きていただろうなあ。嗚呼、私は、どうすれば良かった?」


「申し訳ありません。」


 それに対する答えは、オレは持ち合わせていなかった。残念ながら。


「いや、いやいや、気にしないでください。ええ、ええ。貴方達が悪いわけではありません。」


 そういうわけでも無い、という事は、彼も何となく理解しているようだった。


 彼の視線がローブを纏った女性ーーーミカの方へと向いていた。


「……ところで、そちらの方は。もしや?」


「はい。私はその動乱の原因を招いた者。ミカ・デュルーア。」


「ミカ……?そのような名前でしたか。いや、失敬、私は巫女様とあまり面識が無く、巫女様としかお呼びしておりませんでしたので。」


「いえ。これも私の脳裏によぎったものに過ぎない。本名かどうかも定かではない。ご自由に呼んで頂きたい。貴方の父を殺した大罪人とでも、どのように蔑まれても、その覚悟は出来ている。」


 そう言って彼女は深々と頭を下げた。


「……。いや、いやいや。私はそのようなつもりはありません。私は……ただ、唯々、自分の間の悪さと、自分の無力さを嘆くだけです。貴方は悪くはない、とは言いません。ですが、貴方に責任を負わせて何かが解決するでもない。」


 セディナ王子は何度か首を横に振りながらそう言った。自分に言い聞かせるように。


「しかし……私も戻りたいのは山々。事情を知れば尚の事。ですが。」


「ええ。魔界の軍勢がこの街を襲っている。そうですね。」


 オレは彼が言いたい事を代わりに言った。彼は肯いた。


「魔界の連中は、ここを墜し、一気にセルドラールまで攻め上げる方針のようです。ここを突破されれば、防衛は困難になります。敵の指揮官さえ叩ければ何とか処理出来るとは思うのですが、その指揮官が見当たらず。完全に防戦一方の状況です。」


 街の様子を見ただけで、襲撃の激しさが分かるというものだ。ここからセルドラールまではオレ達が歩いて一週間は掛かった。馬で駆ければもう少し早まるだろうが、それでも時間は掛かる。そして、彼がセルドラールに行って、王座を継ぐなり何なりして……というやり取りをした後、この街に戻って来るとして、そこまでこの街が保つかと言えば間違い無く否である。無理だ。そこまでの時間はない。町の真ん中に設置された壁を破壊して魔界軍が攻めてくるまで、どう考えても時間は無い。


「そこで。オレ達が来たんです。」


「こういう言い方も失礼なのは承知で言いますが。貴方達に何が出来ると?」


「ステータスを見てください。」


「ふむ、どれどれ……んんんんんんん!?」


 オレのステータスを覗き込んだセディナ王子が血相を変えて目を見開いた。


「ななななななななんですかこの数字は!?」


「オレ達なら何とか出来るという証、ですよ。この街は、オレ達が守ります。」


 オレは胸に手をポンと当てて言った。


「えーーーーーー?」


 ストレアが異論ありといった様子で声を上げた。


「無駄よ無駄。こんな街早々に突破されるわ。街の人たちもみーんな殺されてパッパラパーで終わりよ終わり。ちゃっちゃと諦めて城に戻って防戦の準備でもした方がいいんじゃなふぶぇ」


 言い終わる前にオレの鉄拳がストレアを吹き飛ばした。ストレアは屋根を突き破り天まで届き、やがて重力に引かれて落ちて来た。床に大きな穴と、ストレアの両脚が生えた。


「まぁ、その。私も、腕は保証する。彼女達と、何とかしてみせよう。」


「だから王子様は、城に帰って大丈夫だ。な。」


「……あ、ああ。」


 オレの「安心をしろ」という目が効いたのか、セディナ王子は首を縦に振った。


「ほとんど脅しじゃないのよ。」


 穴から顔を出したストレアの言葉に、オレは言った。


「黙れゲス野郎。」

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