第9話 侵攻する魔界の軍勢をぶん殴れ(1)

「ゴォアアアアア!!」


 雄叫びを上げるウォリアーベア(簡単に言うと熊だ。魔物化した熊)。


「破ァッ!!」


 拳を振るうオレ。


「ビゲャァァァァ!!」


 悲鳴を上げるウォリアーベア。


「燃やしますよぅー、ゴォー。」


 炎を吹き出すラン。


 そして出来上がるベアステーキ。


「不味い。筋張りすぎ。もっと油がのってる方がいいわ。ああ昔食べた牛のステーキは最高だったわね。アタシは別に食べなくても生きていけるのよ?生きていけるのと食事を取らないのとはまた別の話なのよ。前にも言ったと思うけれど。生きる上で趣味というのは重要よ。アタシみたいに仕事ばっかりしてるともう神経がイライラズタズタしてくるからそういうのを避けて余裕を持つ。それが生きていく上で重要なのよ。大体アタシなんて何兆年生きてると思ってんのよ。こちとらビッグバンでも死なない究極完全絶対生命体よ。食事くらい取らないとやってられるわけないじゃないの。」


 長々と文句を付けるストレア。


「そうか?私はこれくらいで十分だ。二人ともありがとう。毎回すまない。」


 御礼を言うミカ。


 ここ最近はこんな感じのやり取りを繰り返しながら旅は進んでいる。


「ストレアはうるせえぞ黙って食え。ミカは気にすんな。遠慮せず食え。」


 オレは襲い掛かって来たウォリアーベアを叩きのめした後、その皮を素材袋に入れながら言った。


「ミカに暴力を振るわせるわけにもいかないからな。」


「余りそういう配慮は無用だ。この荒れた世界で、暴力を禁じているような事は無かった、ような気がするからな。」


「そうは言ってもぉ、護衛みたいな立場ですからぁ。」


「遠慮はしないでくれ。コイツにもな。」


 オレはストレアを指差して言った。


「アタシには遠慮しなさいよ。神なのよ?」


「分かった。そうさせて貰う。」


「ちょっと!!」


 ミカも扱いをわかって来たようだ。



 王子の居る街、ボライアへ向かう旅の道中は、このように至って平穏なものであった。先刻先日のあの争乱は何処へやら、という感じである。魔物が襲ってきている?大した問題じゃないからセーフ。


 道中の旅人から聞いた話だと、セルドラールは結局、表向きは王が狂乱に陥ったため大臣が政治を担当することになった、ということで一旦収まったようである。民衆の間ではそのように囁かれていた。それが良いかどうかはオレからは何とも言えない。良くないと思う。だがあれ以上の混乱に陥るのを良しとすべきか?と問われると否と言わざるを得ない。それを避けるためにはこれが一番なのだという事は、分かる。


 王の支持はそこまで高いもので無かったのも功を奏したと言える。魔界との戦争が続き、「いつになったら平和になるのか」「勇者は来ないのか」「勇者が来ないのは王の責任なのでは」などという声が高まっていた。


 ドミネア教も当面はトマ司祭が臨時主教となる事が決まり、彼はあまり問題を大ごとにしないように努めた事も相まって、ドミネア教の支配はそれなりに平穏な形で進む事となった。


「私も良いとは思わないが、それで諍いが収まるなら仕方ないだろう。」


 とは巫女様、ミカの言葉である。同感。


 ランは良く分からないようであった。知能レベルがいまいち分からん。かわいいからいいか。


 ストレアは「本当に人間というのは愚かで見るに堪えないわねぇウヒャヒャヒャヒャ」などど笑っていたのでとりあえず殴っておいた。



 そんな事をしていると、ボライアが見えてきた。


 道中ダンジョンから溢れた野生の魔物を狩って集めた素材が売れると喜んでいたが、街の全体像が視界に広がっていく毎に、その期待は薄れて行き、とにかく王子を連れて帰らねばならないという使命感の方が強くなっていった。


 街からは煙が上がり、外壁はボロボロになっていた。見るからにやられているのが良くわかる。それが見える度にミカの足が速くなる。オレ達はそれに従ってーーーストレアは最後まで渋っていたがーーー足を速めた。



「酷いな。」


 オレの第一の感想はそれだった。


 街の内部に、瓦礫や木材、その他ありったけの素材で辛うじて作り上げられた壁がある。街の中にまで完全に侵攻が進んでいるという事らしい。幸いなのは、この街の真ん中を川が流れている事だ。街の外からも見えたが、外側の川の流れは急だった。泳げるような場所ではない。壁はちょうどその川に並行するように建設されていた。建設という程のしっかりとした作りではない。が、魔道士が魔力で固めているのか、材料と比較すると圧倒的に硬いであろうという事は見て取れた。つまりこれが壊される事は早々無く、逆にこの壁が壊されればこの街は完全に陥落するという事である。


 その壁の前で、人々に指示を出している美青年が居る。とはいえ疲れと傷が顔に出ている。悪魔達の黒と人の赤い血が混ざり合い、黒く固形化して頬や額にこびりついている。その顔と絵を照らし合わせたランが言った。


「あの人ですよぅお姉様ぁ。」


「だろうな。」


 正直言われなくても分かったレベルだ。絵がなくてもよかったかもしれない。絵の中の彼は、イノナカ村の芋臭い奴らと比較すると美形化が過ぎるといった印象を抱いていたが、実物の彼はそれを数段アップさせるくらいの美形だった。所謂イケメンというやつである。高身長、黒髪。鎧を纏った姿も映える。まあオレは余りそういうのに興味がないが。いや同性云々というわけでもない。恋愛に興味がないだけだ。


「ん?」


 どうやら彼はオレ達の視線に気付いたようで、こちらを向いた。


「貴方達は?」


「オレ達はセルドラールからの使いです。貴方にお話しがあって来ました。セディナ王子。」

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