第10話 記憶の断片(4)

 ドラゴンを片付けた後、オレ達は部屋の整理と合わせて、何かしら資料が無いか漁り始めた。


 成果は少ない。


 元々ジョセフは日記をつけたりする習慣があった男ではない。オレの記憶では、そういう趣味は無かった。実際の所もその通りであった。日記はない。本や紙は色々あるが、整理するでもなく、適当にパラパラと置かれているだけだ。


 それに、ドラゴンの尻尾が引っ掻き回したせいで、部屋の中はぐちゃぐちゃ掻き回されていた。まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。枯れ葉が至るところに散乱しているアレである。問題はその枯れ葉の中に重要なものが混ざっている可能性があるという点だ。


「あーめんどくさーい。とっとととっ捕まえた方がいいんじゃないのぉ?」


 ストレアが心底うんざりしたように言った。


「どこに行ったか分かんねえだろ。」


 あの後空に飛び上がってミカの姿を探してみたが、見つからなかった。どういう方法を使ったのかは分からないが、オレの目でも見つからない程の遠くへ行ってしまったらしい。


「まずは情報を探さないと。行きそうな場所。何をしようとしているのか。」


「こんなボロ屋にあればいいんだけどねぇ。」


 ストレアは溜息混じりに捜索に戻った。


 一応トマ主教には、ストホで連絡しておいた。セルドラールで、巫女絡みのゴタゴタが起きた場合のために渡しておいたのだが、まさかオレ達の方で起きる事になるとは、全くもって予想外と言う他無い。ともかく、『今の』ミカは怪しい。マクア元主教と組んでいたのは、『今の』ミカの方かもしれない。もしそちらに行った場合は警戒するよう伝え、了承を貰った。向こうでも人を割いて探してくれるらしい。ありがたい。打てる手は打っておきたい。後手後手になる前に。


 とにもかくにも今オレの胸中では悪い予感がピンピンと働いていた。ミカは、オレが元々予想していた『ドミネア教の開祖』としての巫女像と全く一致していなかった。だが、それはあくまでミカの一面でしか無かった可能性が高くなったのだ。となれば、オレが予想していた巫女像は、『今の』ミカの方かもしれない。ドミネア教を興し、命の聖杯を作り、トゥリニアの教会におかしなレシピで作った命の聖杯を送りつけた犯人。それがもし、『今の』ミカだとしたら。


 そう考えた時、オレの資料を漁る手はどんどんと早くなっていった。


 結果、一つの資料を見つける事が出来た。『ミカ・デュルーア』宛の手紙だった。


 オレの横からランとストレアが覗き込みながら、オレはその手紙を恐る恐る開いた。



『師よ。貴方を救う技術わざを作り出す事に成功した。だが、私の体が保たないかもしれない。貴方が目覚める時、私は居ないかもしれない。この手紙が届いたら、前に言った物を持って、すぐにノマライ島、イノナカ村へと来て欲しい。』



 情報は少ない。だが、これでミカとジョセフが繋がっていた事、そして恐らくだが、つい最近まである程度の交流があった事、そして、ミカはジョセフに何か依頼をしていた事は分かった。


 元々この手紙には開かれた跡があった。という事は、これはミカが持ってきたものだろうか。


 その仮定で推測を進めるとすると、この手紙を見たミカがここに来て、ジョセフの死を知り、自ら命を断った、という事だろうか。そう考えると、ミカが、いや巫女が、急に失踪したという部分には説明が付く。


 だとして、……貴方を救う技術わざとは何だろうか。


 オレが教わった技術わざにそれが含まれているだろうか?


 思い当たるものは無かった。


 だとして、技術わざを伝えるための何かが用意されている可能性もある。


 オレ達はそれを探し始めた。絵図が描かれたもの、或いは文字がズラリと書かれている物が無いか。



 数時間は経過しただろうか。さっきのドラゴンの肉を加工した、筋の角張った片手で食べられる程度のステーキをムシャムシャと齧りながら資料を漁っていると、ストレアが声を上げた。


「ビンゴ。」


「どうした?」


「なにかありましたぁ?」


 ランとオレが近寄ると、ストレアは一枚紙を見せてきた。


「これ。見なさい。」



魂分すぷりっと



 技術わざの説明文章であった。



「えぇと?『魂を分割する。対象のライフが1であれば効果を発揮しない。ライフが2以上の場合、その肉体を複製した後、ライフを1と1の存在へと分割する。』……難しいんですけれどぉ。」


「つまり、ライフ2の人間をコピーしてライフ1の人間を二人作り出すって事、かな。」


「無茶苦茶するわね。バグを利用した技じゃあないでしょうね?」


 ストレアが訝しみながらその続きを読んだ。


「なになに……。『ただしこの技を使うためには、コピーの肉体を生成するための材料が必要である。』ああバグじゃあないわね。仕様を利用した技よ。よく思いつくなとは感心してあげるけど。」


「でもミカさん、そんな材料持ってましたぁ?」


 確かに、ミカはそんなものを持って……いや。


「……トラップボックス。」


「ん?」


「ミカが持っていたトラップボックス。デーモンもドラゴンも、生物の肉体なのは間違いないよな。それを材料として使う事が出来るんじゃないか?手紙にあった"前にいった物"って、つまりコピーの肉体を生成するためのものなんじゃないのか。だとすれば、トラップボックスをミカが持っていた説明は付く。」


「確かに。でもデーモンが入ったのはゴリラに上げたんでしょ?誰かから貰ったって言ってたじゃない。」


「……そっちは落としたとか?ミカから貰ったんなら女から貰ったくらい覚えてるだろ。」


「トラップボックスが利用出来たというだけでぇ、ミカさんが作ったものじゃないかもしれませんよねぇ。」


「うーん……まぁそこは今考えても仕方ないか。ただ、少なくとも、この技を使ってもらうために此処にアイツが来たのはまぁまぁ可能性としては高いわね。」


「ああ。だがこんな技で何を……?」


「それは簡単でしょ。アタシの想定が正しかったって事よ。」


 ストレアの想定、それはつまり、ミアとミカ、二人の人間が一つの体を共有している、という考えである。


「確かに、な。」


 だがそこまでして分割したい、別れたい『ミア』とは何なんだろうか。そこは未だハッキリしない。

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