第10話 記憶の断片(3)

 色々と散らかった中で、他にミカの痕跡が無いかを探してみたが、大したものはなかった。


 だが一つ、目についたものがあった。


 ドミネア教の教えを書いた本である。


「なんでこんなもんが……?」


 彼はドミネア教徒では絶対にない。ステータス差別を助長するドミネア教を彼は忌み嫌っていた。だから教会に行くのも見た事がない。


 では何故この本がここにあるのか。


 不思議に思ってオレはそれを手に取った。


 栞が挟んであった。そのページを開くと、『巫女』に関する記述のページであった。


 その『巫女』の部分に、黒い二重線が引かれ、ジョセフの文字で『ミア』『我が師の敵』と書いてあった。


 意図が分からない。


「ミア?ミカじゃなくて?」


「み、あ?」


 ミカがその名前を繰り返しながら頭を抑えた。


「み、か、み、あ、み、か、み、あ……。」


 その三つの言葉を繰り返し、繰り返し呟いている。


「お、おい。大丈夫か?」


 オレの質問に対し、しばし沈黙した後、


「あああああああああああああああああああ!?」


 絶叫し、そして、


「……あ、あ。」


 ミカは自分の頭とそのポニーテールを振り払うようにしてから言った。


「ええ、ええ、大丈夫。」


 振り払った後の彼女は、ポニーテールを右側に垂らし、いつもの白黒の服の、白い部分がより多くなっていた。


「本当に?大丈夫か?」


「何か思い出したのですかぁ?」


 オレとランが心配そうに見つめたが、


「大丈夫、ただ、記憶は何も、思い出せま、……思い出せない。」


「そうか……。」


 オレは落胆の溜息を吐きつつも、具体的に何なのかは分からないのだが、異様な違和感を覚えた。


 声が少し、明るい?


「ま、まぁ、そのうち、思い出すで、す。私の事は気にしないで……欲しい。」


「本当に?」


 オレの言葉には、別の意味も込められている。即ち、「本当に思い出していないのか?」という問いである。


「……ほ、本当です。」


 うむ。……やはりおかしい。それにはストレアも気付いているようだった。


「アンタそんな口調だっけ?」


「あーいえ、いや、元々こんな感じで、だ。気にする事は無い。少々、この絵を見て、取り乱してしまったようだ。」


 調子を取り戻したようではあるが、やはり違和感は拭えない。まるで別人になったようだ。


 ……別人?


 オレの頭の中で、その自分の頭によぎった言葉が繰り返された。


 別人。


 そこから、様々なミカに関する要素が浮かんできた。


 先程の名前の不一致。


 巫女であるはずの彼女とドミネア教のしてきた事の不一致。


 ライフが二つ。


 命が二つ。


 二つの命。


 ーーーそれらが結びつくのを感じた。


「……そうか。そうかァ!!」


 と同時に、ストレアが飛び上がった。


「ああ分かった!!分かったわ!!いやーこれでスッキリした。これよ!!きっとこれよ!!」


「な、なんだよ。いきなり。」


「分かったのよ!!このミカが抱えているバグが!!」


「!!」


 ミカが鋭い眼光でストレアを睨み付けた気がした。


「まさかそれって、オレが考えてるのと同じか?」


 だがそれよりストレアの言葉が気になり、オレはストレアに尋ねた。


「何を考えているかによるけれど、多分同じよ。いい?つまりーーー」


 同時に、突然部屋の中にドラゴンが現れた。


「な!?」


 オレはドラゴンに、そして、


「ミカさん!?」


 ランはミカの行動に驚いた。ミカはドラゴンの後ろを通り抜けてドアを潜りどこかへと走り去っていった。


「トラップボックス……!!しまった!!回収しそこねてた!!」


 ストレアが悔しそうに言った。


「一体、何がどうなってるんだ!?」


 慌てるオレ。巨大なドラゴンの足や尻尾で荒らされるジョセフの部屋というか家。ボロボロになってしまった。


「シギャァァァァァァ!!」


「お姉様ぁ!!」


 そして、ドラゴンがオレに牙を向けてきた。


 ドラゴンのあぎとがオレの体を包み、閉じた。


「ふげぇぇぇぇぇ!!」


 ドラゴンの牙が折れた。


「あぁ、そういえば心配する必要なかったですねぇ。」


「そうやって適当に扱われるのもちょっと寂しいぞラン。……さて。」


 オレはその上顎と下顎を掴んで、思い切り開いた。


 ガコッ、という骨がズレる音がした。


「ほがぁっ。」


 あごが外れたドラゴンが呻き声を上げた。


「オレを食おうとした罰だ。まぁ安心しろ。すぐ!!嵌めて!!やるよ!!」


 オレは掌を上にして横拳にすると、そのまま背後へ引き絞り、そして放った。


 その拳はドラゴンの下顎を抉る勢いで激突し、そして外れたドラゴンの顎を嵌めてあげた。だが勿論それだけでは終わらない。そのまま拳は顎を突き上げ、ドラゴンの体を持ち上げ、屋根を突き破り、宙空へと吹っ飛ばした。


「ラン!!」


 オレの叫びに彼女は答えた。


「はいぃ!!ドラゴンさん!!ステーキにぃ!!なってくださいぃー!!」


 ランがドラゴンの姿になり、天に向けて炎を吐き出す。


 屋根に開いた穴から噴き出した炎が、打ち上げられたドラゴンを包み込む。


 ーーーーやがて、空から落ちてきた。程よく火が通ったミディアムくらいのステーキが。


 部屋がぐちゃぐちゃになったが。まぁいい。今晩の食事には困らなくなったな。


 だがそれ以上に困った事になった。


「ミカは?」


「部屋を出てそのまま何処かへ行っちゃいましたぁ。一体何があったんですぅ?」


 ランはよく分かっていないようだった。


「多分、記憶を取り戻したんだろう。それで逃げ出す理由はいまいち分からないが。」


「ふふん。恐らく、良くない記憶を思い出したんでしょうよ。アタシ達に知られたくない記憶、秘密を。」


 ストレアが言った。


「恐らくは、ミアに関するものかしらね。」


「そこなんですけどぉ、ミカさんですよねぇ?なんでミアって名前が出てくるんですかぁ?」


 ランが心底疑問といった様子で問いかけてくる。それに対し答えようとしたが、ストレアが割り込んだ。


「むっふっふ。アタシの推論を聞かせてあげましょう。」


 偉そうな。


「言ってみ。」


「つまりね、二重人格、いや、二人の人間が一つの体を共有しているのよ。」


「……共有?」


「一人につき命は一つ。なのにライフが二つ。多分だけど、生まれた時に双子で生まれるはずが、バグで一つの体に入り込んじゃったんだと思う。そのせいで、ライフが二つって判定になってるんだと思う。或いは、ライフが二つとなった事の辻褄を合わせる形で二人の人間が一つの体を共有する形になったか。まぁ、どっちでも大して変わらないわね。」


「本当に同じか……?」


「まぁとにかく。ミアとミカは同じ体を使ってるんじゃないかしら、っていうのがアタシの推論。これであんだけ若く見えるのも説明がつく。もう存在自体がバグだから、年齢も多分だけど半分ずつしか経過してないんじゃないかしら。二年で一歳、みたいな。だから二十年前にドミネア教を興した巫女があんなに若いのよ。」


 これは俺も何となく理解出来るものであった。


「でもまだ推論の範囲だなあ。」


「裏付けが必要ね。ミアとミカ、それぞれが居たという証拠が。そもそも逃げた原因が分からないわね。最初にミカに成り済まそうとしたあたり、何かしら裏がありそうなのは確かね。」


「咄嗟とはいえ、わざわざ演技する必要は無いからな。ミアという存在がバレる事を恐れているようにも見えた。」


「となると、ここから情報を探す必要がある、という事ですかぁ?」


 ランは嫌そうな顔で、ステーキと化したドラゴンが鎮座し、棚や壁がズタズタに荒らされたジョセフの家を見渡した。天を仰ぐと空の光が眩しく輝いている。


「……まずは腹ごしらえからかな。」


 オレもまた、ウンザリしながら呟いた。

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