第10話 記憶の断片(2)

 そうして数日の旅の後、オレ達はイノナカ村へと戻ってきた。


 村の中を歩いている村人達の視線が、旅人であろうランとミカ、そして村を捨てたはずのオレに注がれた。


「あれは……レイか?」

「なんでここに?」

「あいつのせいでギルドは潰れたってのに……。」

「疫病神め。」


 そんな声が聞こえた。ランが心配そうにオレの方を見つめる。


「気にして無いさ。」


 オレは心の底から正直に答えた。


 実際、この村の連中にどう思われていようが、どうって事は無い。大した話では無い。


 この村の連中にどう思われていようが、オレの人生に影響は無いのだから。


 まあギルドが潰れたのは気になったが。潰れるような事はしていないはずなのだが。なんで潰れたんだ?


 丁度通り道だったそのギルドの廃墟の前に、張り紙があった。オレはチラりと目を通した。


『冒険者不在のため閉鎖』


「オレのせいじゃねぇじゃねぇか!!」


 思わず叫んでしまった。つーかなんだよ、冒険者不在って。


「あれでしょ、アンタが行った時にデーモンが出てきてみんな怖くなったんでしょ。」


「それはそれでオレのせいじゃねぇよ。というかお前のせいじゃねぇか。」


「知らなーい。あんな箱開けるゴリラが悪いのよ。」


 ストレアは腕を頭の後ろで組み平然としていた。この女は本当に相変わらずである。


 とか言うオレにも罪悪感は無い。むしろ清々した気分だ。あのギルドの連中は酒ばっかりで何も仕事をしていなかった。冒険者という看板を立てただけのただの飲んだくれだ。そんなものが残っていた事の方がおかしいのだ。


「まぁいい。さっさといくぞ。」


 そう言ってオレは三人を連れ立って村の連中を無視しながら外れにある家を目指した。



 ジョセフの家に着き、オレはミカに尋ねた。


「ここで、その、お前は一度死んでいた。理由や、見覚えはあるか?」


 ミカは首を横に振った。


「いや、見覚えは、辛うじて少しだけある。だがそれは、恐らく生き返った後の事だ。……だが。」


「だが?」


「何となく、嫌な感じがする。ここには確かに何かがある。……そして、私は何か、此処で何か失望か、絶望か。そのようなものを抱いていたような、気がする。ーーー変な気分だ。」


 彼女は胸元に手を当ててじっと考え込んだ。


 オレはどうしようか迷った。このまま彼女の記憶を取り戻させるべきか、否か。


 だがその戸惑いは、彼女自身が振り切った。


「このまま考え込んでいても仕方がない。……すまないが、上がらせてもらう。」


「ああ。」


 オレは肯き、鍵を開けてジョセフの家ーーーかつてのオレの住まいへと上がった。



 数ヶ月の不在で、既に埃が溜まっていた。本や絵に。食器棚にも。ジョセフの遺影として描いて貰った絵にも。


「汚いわねぇ。」


 ストレアが鼻を摘みながら言った。


「うるせぇ。……これがジョセフだ。」


 そう言ってオレは遺影と、壁に掛かった絵を見せた。髭面の魔道士が立っている絵。二十年程前に描かれたという話だ。これより生前のジョセフはもう少し髭が長くなっていた。


「魔道士だったんですかぁ。」


「意外。格闘家だと思ってたわ。」


「拳法もやってたけれど、元々は魔法がメインだったんだと。魔法を使わなくても戦えるようにって編み出したらしい。」


「さぞ優秀だったのだろうな。」


「ああ。だがINTが突然下がって、そのせいでパーティを首になってな。」


 ストレアが口笛を吹いた。


「またバグですかぁ。」


 ランが呆れた声を上げた。


「しらなーいしらなーいアタシはしらなーい。」


 この野郎。後で覚えてろ。


「まぁいい。どうだ?何か見覚えはあるか?」


 ストレアを無視してミカに尋ねる。


 だが様子がおかしい。


 壁の絵の方を見て、足を震わせ、頭を抑えている。


「……ミカ?」


「……こ、これは、この光景は……見覚えが……。」


「あるのか?」


「わ、わ、私だ。これを、描いたのは、私だ。……だが、何故?私は、私は……?」


 この絵を描いたのはミカだと?オレは咄嗟に絵を手に取った。何か他に手掛かりが無いかと思ったのだ。


 すると予想通りと言うべきか。絵の裏にメモが書いてあった。


『我が弟子の絵 ミカ・デュルーア』


「ジョセフ……私が……師匠?私が作ったのか?私が、教えたのか?」


 ミカが呟く。


 魂牌流の話、だろうか。


 そういえば、ジョセフから習いはしたが、それ自体を誰が作ったか、という点についてはハッキリと尋ねた事はなかった。それにしても意外ではあるが。


「とすれば、ここを探せば何かあるかもしれない、が……。」


「大丈夫、ですかぁ?」


 ランが心配そうにミカを見つめた。ミカは青ざめた顔を手で抑えている。


「止め「いや。」


 止めようとしたが、ミカが割り込んだ。


「大丈夫、だ。探そう。」


 ミカはそう言うと、部屋の中を漁り出した。


 オレとランは顔を見合わせ、それに続いた。



 ***********



 嫌な予感はした。


 だが一方で、私の中で何かが叫んでいた。


 見つけろ。真実を見つけ出せ。


 止めろ。探すな。彼女達と共に行け。


 二つの声が頭の中で同時に轟く。


 まるで、まるでーーーーーーー


 ーーーーーーまるで私の中に二つの命があるかのように。

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