最終話 摂理をぶん殴れ (10/完)新たな神に幸あれ

 そうして、魔界の大穴に静寂が戻った。


 魔物達は、自分の仕えていた魔王の消滅を察し、現在の魔王に忠誠を誓うべく降伏した。


 セルドラールに残っていた一部は徹底抗戦の構えを取っているが、勇者に勇気づけられた冒険者達により、徐々に圧されているようである、というのが、各地偵察を任されたランとセディナ、インティ、マルアス達の報告である。


 レイはそれを聞いて、ほっと一息を吐いた。


 想定通りの動き。想定通りの結果。


 それは皆の努力があってこそである。


「みんな、ありがとう。」


 そう一人呟いた。



 その横にやってきたストレアは、満足気に邪悪な笑みを浮かべた。


「ヒッヒッヒッヒッヒ。あぁ清々した。バグの不正利用者をついに裁く事が出来たわ!!ああ満足、すっごく満足だわ。見てた?あの無様な顔!!やるせないって感じの顔!!ヒヒヒヒヒヒッ、ヒィーッヒヒャハハ!!」


 高らかな笑い声が、開けたこの何もない大穴に響く渡る。


 レイは「まぁ笑わせておこう」と思い、その場を後にした。


 確かに、魔王もミアも、バグを使ってロクな事をしなかった。いくら元を正せば自分の落ち度だとはいえ、ストレアの内心は煮えくりかえる思いであったろう。今だけは止めないであげよう。そんな慈悲の心でレイはけたたましいストレアの高笑いを無視する事にした。



 他方、やるせないような顔で大穴の底の暗闇を見つめる者が居た。


「どした。」


 ミカであった。


「……ありがとう。」


「なんだ改まったりして。」


「あの愚か者は、本来であれば、私が止めねばならなかった。だが、私には出来なかった。奴の力が強かったのも勿論ある。だが、恐らく最大の問題は、情けだ。」


 ミカは胸に手を置いてぽつぽつと口を開いた。


「どうしても、曲がりなりにも数十年共に生きてきた人格を切り捨てる事が出来なかった。愚かな行為だ。世界を巻き込んだ騒動を起こすような人格に情けなど。」


「そりゃ仕方ねぇだろ。お前の兄妹みたいなもんなんだから。」


「ああ。だが、君のお陰で、全てを終わらせる事が出来た。感謝する。」


「いいんだ。オレがやりたかっただけだし。ただアイツが、ジョセフが出来なかった事をやっただけだ。」


「……そうか。ともかく、ありがとう。君には、本当に、感謝している。」


 そう言ってミカは、晴々とした笑みを浮かべた。




「ああっ、素晴らしい!!」


 そんなやり取りを見ていたトマ主教が叫んだ。


「ゴウ殿!!大丈夫ですな!?」


「はーいぃ。ちゃんと映像回ってますよぉ。」


「は?」


 レイはその言葉の意味がよくわからなかった。


『カッコ良かったですよぉ。お姉様ぁ。』


 ランから通信が入った。


「へ?え?何の話?」


『さっきからお姉様の姿が空に浮かんでるんですよぉ。』


「……はぁ?」


『これを見ている人々よ!!ドミネアという名の神を信奉していた哀れなる子らよ!!私はトマ主教、ドミネア教の主教である!!』


 レイの元へ、ランの通信経由で右耳に、左耳には現地の、トマ主教の演説が聞こえてきた。


 レイは直感した。これは、何かマズい流れな気がすると。決して悪いわけではないが、ひたすらに面倒な事になりそうだと。


『我々の信じていた神は、皆が見た通りだ。……魔王、それが我らの神の正体であった。本当に心苦しく、今も掻き毟られるような思いであろう事は、想像に難くない。人々を惑わせた事、主教として、深くお詫びする。』


 トマ主教は頭を下げながら言った。


『だが、かく言う私も同様である。その事を知る者はいなかった。それだけは信じてほしい。そして見ただろう!!ドミネアが、悪しき神が勇者により討たれた事を!!我々の勇者ブレイドが!!成し遂げたのだ!!』


 ランの通信から、人々の歓声が聞こえてきた。いい気なもんだな、とレイは思った。


『そして!!ドミネア教を興した巫女、ミア・デュルーアもまた、ここにいるレイ殿により討たれた!!彼女は勇者をここまで護衛し、我らを守り、そしてセルドラールとボライアを守り!!港町トゥリニアをも救った!!まさに救世主である!!』


 レイの直感が囁いた。止めろと。然もなくば。


 だがレイが動くそれより前にトマ主教は言った。


『私はドミネア教主教としてここに宣言する!!ドミネア教は今日をもって解消し、新たにレイ教を興すと!!』


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 レイの耳に人々の歓声が届くと同時に、レイが怒鳴った。


「ふざけんなぁ!!オレはそういう奉り上げられるなんざごめんだ!!」


「そう言わないでください。悪いようにはしませんから。」


 トマ主教が囁いた。もうこの時点で悪いようになってるんだよ、とレイは心の中で叫んだ。


「それに、もう遅いですよ。既にトゥリニアの教会には貴方の銅像が出来ております。」


「なんで!?」


「以前救われて以来、あそこの神父と修道士が心酔してしまったようで。元々ミアとマクアが魔界と繋がっていたという事がわかってから、そこを見習って趣旨替えしようかというのは議題として上がっていたのですよ。今回の事件はまさしく僥倖と言えます。神の思し召し、いや、貴方こそが真の神に違いありません!!」


 トマ主教のキラキラした目で繰り広げられる言葉に、レイは唖然とする他無かった。


「どーいう事よ!!アタシが神なのよ!?なんでレイが奉り上げられてるのよ!!」


「いや、ストレア様はその、信仰の対象に出来るかというと、いまいち……。」


 申し訳なさそうに言うトマ主教の頬をストレア怒りの鉄拳がえぐった。


「へぶぅっ。」


「ゴウ!!映像を止めなさい!!」


「えー、でもぉ、トマさんこれ終わったらお肉いっぱいくれるって言ってましたよぉ。」


「いいから止めろ!!」


 ストレアとレイの同時の指示には、ゴウも渋々従った。


「お姉様ー。どうしましたぁー?」


 ランが転移魔法で魔界の大穴へと戻ってきた。背中に乗せたマルアスが心からの笑みを浮かべて言った。


「お疲れ様ですッ!!そしておめでとうございますッ!!」


 インティが「あーあ」という目で見ながら言った。


「ご愁傷様。」


 セディナは目を輝かせながら言った。


「トマ主教のアイデアは大変素晴らしい!!貴方ならば素晴らしい神になれます!!是非我が王家とも今後とも交流を図らせて頂きたい!!」


 ブレイドはフラフラになりながらも真面目な顔で言った。


「レイさん。」


 レイは期待した。ブレイドがこの流れを止めてくれる事を。


「頑張ってください。レイさんならきっと!!いい神様として、皆を導けます!!」


「があああああああああああああああ!!」


 レイは思わず叫び、そして駆け出した。


「ちょっ、どこへ!?」


 トマ主教の声を振り切るように走りながら叫んだ。


「オレは魔王だ!!魔界に引きこもってやる!!」


「アタシも手伝うわ!!人間共に痛い目見せてやる!!」


 ストレアが後に続いた。


「あ、待ってくださいよぉ。」


 ランもまた続いて駆け出した。


「……ふふっ。まぁ、余生は彼女らを見て過ごすのも良いか。」


 ミカは明るい笑顔を見せ、そしてまた、彼女らに続いて駆け出した。



 精魂尽き果てたブレイドは座り込みながら、彼女らの背中を見つめて呟いた。


「ありがとうございます、レイさん、皆さん。皆さんの明日に、幸多からん事を。」





「多いわけねぇだろ!!」


 その言葉を聞いた地獄耳のレイは思わず叫んだ。


「待ってください!!正確な銅像を作るためにサイズを測らせてください!!ゴウ殿!!急いで!!肉はいくらでも上げますから!!」


「はぁーい。約束は守ってくださいよぉー。」


 トマとゴウがそれを追う。


「誰が測らせるかバカ!!覚えてろ!!こんなクソみたいな宗教、クソみたいな世界、いつかオレがこわしてやるからな!!」


 レイが空に向かって叫んだ。





 ドミネアとミアが蹂躙していた頃の地上の空は暗く雲がかかっていたが、いつの間にか空は白く、明るく、どこまでも解放的に広がっていた。

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摂理の破壊者〜ステータスが低く見えるバグでギルドを追放されたけどオーバーフローしたステータス(4294967295)を得たのでこのクソみたいな世界とルールをぶん殴ります。今更止めてももう遅い。〜 明山昇 @akiyama-noboru

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