第11話 命の聖杯(3)
死体。
人の屍。
腐った肉。
そういったものがそこにはあった。
部屋の中央に柱が何本も立っており、通路のようにまっすぐ一本の道を描いていた。その柱から壁に向けて、牢獄のような柵と小部屋が作られている。その小部屋に、腐敗臭の源が幾つも並べられていた。氷の魔法が掛かっているのか、部屋全体が寒い。小部屋の方からその冷気が発されている。そのお陰と言うべきか、腐敗は最大まで進まないようにはなっていたようである。つまりこれは、冷凍室か何かなのだろうか。
「なんだ、これは……!?」
トマ主教が茫然として辺りを見回した。
「何故、このような場所が、この教会の総本山に……!?」
「総本山だから、だよ。」
「それはどういう……?」
「それは命の聖杯の材料に起因するのよぉ。」
ストレアが嫌味たらしい笑みを浮かべた。奴にはこの事が面白くて仕方ないらしい。悪趣味な奴だ。
「命の、聖杯……?」
「それの材料に人肉を使うんだよ。」
オレがサラリと言うと、トマ主教の顔が引きつった。
「ひぃっ!?そんな!?」
「マジよマジ。本当の事。だから此処に死体があるの。他の奴に見つからないように命の聖杯を作り出すためにね。それ以外じゃ説明つかないでしょ。わざわざ主教の部屋に死体安置所を作る必要なんてある?」
「……ない。」
トマ主教がポツリと言った。
「でっしょ〜?受け入れなさい。これが現実よ。」
ストレアがまたニタニタと笑いながら言った。
トマ主教はただただ首を縦に振るだけだった。
「まぁ、この件は追々飲み込んで貰うとして。そうするとだ。もしかすると生きた人間がいるかもしれない。探そう。」
オレの言葉にトマ主教は蒼ざめた顔で首を傾げた。
「どういう……?」
「トゥリニアって港街知ってる?アタシ達はそこで見たのよ。偽物の命の聖杯を。」
「にせ、もの?」
「そう。それは間違ったレシピで命の聖杯を作った場合に出来る物。その間違ったレシピってのが、生きた人間なのよぉ〜。」
満面の笑みでストレアは言った。トマ主教の顔は完全に真っ青だ。この部屋が寒い事とは無関係だろう。仮にこの部屋が熱波に満ちていたとしても彼の顔は真っ青のままだったろう。
「ど〜ゆ〜意味か分かるわよねぇ〜?レシピを知ってるのなんて限られてる。マクアのジジイとあの巫女くらいじゃないのぉ?ということはぁ、敢えて生きた人間を使った人間もその二人に……。」
「そろそろ止めろ。」
オレの制裁の拳がストレアの満面の笑みを文字通り凹ませた。
「むぎゅう。」
「そうじゃないかもしれない。だから確認しよう。この部屋に生きた人が、或いは最近死んだ死体が無い事を確認する。そうすれば偽の聖杯は誰か別の者が作った事になる。」
「……もし、居たら?」
トマ主教が力無く言った。
「その時考えよう。」
オレに言えるのはそれだけだった。ただ今足を止めても仕方ない。それだけは確実に言える事だった。
通路を歩いて先に進むと、また別の部屋に出た。ここも先程の冷凍室くらい大きい。檻が無い分、余計に広く感じる。
「主教ですか?何時になったら食事をくれるんです。仕方ないから漁って来ましたけれど、そろそろ保ちませんよ。私達も、生贄も。」
誰かが声を上げた。ここの管理者か何かだろうか。この口振りだと、オレ達の事をマクア元主教と思っているらしい。
「私はトマだ。マクアではないぞ。」
あ。
トマ主教が馬鹿正直に答えると、その誰かの声のした方から、シャキンという音が聞こえた。武器を構えた音だろうか。
「何故此処に!!」
「マクア主教はどうした!!」
「いや、マクア
オレはトマ主教の口を塞いだ。こういう時は黙っててくれ。と思ったが、当然と言うべきか否か、もう手遅れであった。
「元!?」
「一体どういう事だ!!」
動揺を招き、余計に奴らが血気だっているのがわかる。あーあ。こうなってはどうにも取り成しようがない。
「まぁまぁ落ち着いて。マクア元主教は自殺した。オレ達は彼が残したものを探してきたんだ。」
「自殺!?何があって!?」
「ここの事がバレたのよ。アンタらもこのままだと危ないわよ。洗いざらい話せば生かしておいて貰えるかもしれないけれど、下手すれば主犯格として祭り上げられるかもしれない。今その武器を下ろせば許してあげるわよ。ねぇ、トマ主教?」
「あ、ああ。」
その言葉を聞いて、少しの沈黙が流れ、そしてカランカランという武器を落とした音が聞こえた。
「わ、分かった。いや、分かりました。」
「頼む、いやお願いします、助けてください。腹も減っています。死にたくないんです。」
明かりを改めて照らすと、二人の教会騎士が立っている。
「他に人は。」
「生贄にするとマクア……元主教が言っていた、捕らえている者が何人かいます。食事は与えていますが、与えられる量には限りがあるので、大分空腹状態が続いています。私たちもです。」
「よ、よし。騎士達を呼んでくる。」
そういってトマ主教が元の通路を通って戻ろうとした時、その騎士達が言った。
「あ、あの、この部屋の奥にも出口があります。」
「そちらの方が、セルドラールの街へは近いです。」
なるほど。食料調達の通路はそちらだったか。オレ達の通路に埃が溜まっていた理由も分かる。トマ主教はその言葉に従い、ドタドタと駆けてこの場を後にした。
さて。
「この間に聞きたいのだけれど。アンタ達は聖杯自体作ってたわけ?」
すると騎士達はポカンとした後顔を見合わせてから言った。
「何の話ですか?聖杯?」
「知らないの?」
「いや、命の聖杯は知ってますが、それの事ですか?」
「なるほど。生贄ってのとか、そこの冷凍室の死体は誰が持って来てたの?」
「マクア元主教のお付きの騎士か、白黒のフードを被った誰かでした。誰かは分かりませんが。」
服装からして、ミカ、或いはミアの可能性がある。
「アンタ達以外にここには居ないってことでOK?」
「たまに来る連中を除けば、はい。」
「生贄については、『生贄にするから管理しておけ』とだけ言われて。それまでは死体を保管して、隣の部屋に運んだりしていただけです。」
「隣の部屋。」
「入るなと言われていました。もうそろそろ食料が無いか探しに行こうと思ってたところです。」
「分かった。アンタらは少しここで待っててくれ。下手に逃げようとするなよ。罪が重くなるぞ。ラン、ちょっと見張っててくれ。
「わがりまじだぁ。」
ランは鼻をつまみながら言った。
「こいつはドラゴンに変身出来る。もし逃げようとするなら丸焦げだ。やるなら覚悟してやれ。」
「やりません。」「逃げません。」
オレの言葉に、騎士達は強く頭を振った。
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