第11話 命の聖杯(2)

 先程からずっと壁を叩いているが、成果は芳しく無い。特に隠し部屋などは見つからない。いっそ壁を壊してやろうか。そう思って力を込めたくなるが、それはそれで問題がある。少し、ほんの少しであるが、オレの中に燻る苛立ちを抑えながらコンコンと壁を叩く事を繰り返す。


 トマ主教は部屋を出入りしている。部屋の間取りから何か隠されているものが無いかを探っているのだ。だが廊下から見る限り特におかしな点はないようである。外から確認出来ればより良いのかもしれないが、此処は別館の最上階。空を飛ぶ魔法が使えないと難しい。間取り図でもあればもっと楽なのだろうが、元主教のせいでそれも難しい。


「ランに空から見てもらうか?」


 オレが提案したが、トマ主教は首を横に振った。


「ドラゴンが空を舞っているのを他の騎士や兵士に見せるのは刺激が強すぎる。私が空を飛べないのでお願いしたいところだが。」


 確かに。街中に、というか城にドラゴンが居れば、まぁみんな驚くだろうし、撃ち落とそうとしかねない。


「ランは大丈夫ですよぉ。」


 そりゃランは大丈夫だろうけどな。


「それはそうなんだけど、ここでの問題は他の連中なんだよ。」


 と軽く諭す。


「みんな無駄な事するわねぇ。」


 そう言いながらストレアは本棚を漁り始めた。


「こういう時はどこかに隠しスイッチみたいなのがあるのよ。」


 彼女は本を動かして何かを探している。


「スイッチ?」


 トマ主教が不思議そうに言った。


「気にしないでくださいぃ。この人変な事いうので。」


「誰が変な人よ。スイッチってのは仕掛けの起動装置みたいなものよ。」


「変な人とは言ってないですぅ。」


 ランが舌を出して否定した。


「どうせ思ってるんでしょ。分かってるんだから。……ん?」


 あーあ、最近扱い悪いからって拗ねてやがる。と思っていると、ストレアは本棚で何かを見つけたらしい。


 近寄って見てみる。


 それはデバグライザーが備えているような、丸いボタンだった。


「そうそう、こーいうの。」


「ボタンじゃん。」


「スイッチとボタンは大体同じ意味で使うのよ。」


 そう言って彼女はそのボタンを押した。


 すると、ゴゴゴゴゴという音がどこからともなく響き出した。


「な、なんですかぁ?!」


「えっ、いきなり当たり?」


 ストレアまで驚いている。


 音と共にストレアの前にあった本棚が動き出したのだ。それは横にスライドし、そしてその先に通路をーーー下り階段をオレ達の眼前に示した。室内の豪華な装飾とは全く不釣り合いで、無機質な石で出来た回廊が続いている。


「これが、隠していたもの、か?」


 オレの言葉に、トマ主教が驚きながら答えた。


「恐らく。しかし、こんなものがあるとは、予想外だ。」


 設計図はないと言っていた。マクア元主教が設計を担当した、とも。間違いなくこれを隠すためだろう。


 皆唖然としてその階段の入り口ーーー石で出来た通路を見つめるだけで、誰も降りようとしない。


「……降りてみよう。」


 オレが言い、その石畳の通路へと足を踏み入れると、他の三人は言葉もなくオレの後ろに付き従い、その通路を降りて行った。



 随分と長く、暗く、そして寒い通路だった。石垣と石畳で出来た回廊。照らすのは切れかけている蝋燭のみ。誰も取り替えなくなったせいだろう。なんだかんだあの事件から数ヶ月経過している。誰も通らないせいか埃も溜まっている。


「足元に注意しろ。」


 オレが言うまでも無く、皆壁に手をやりバランスを取っている。冷んやりとした壁の冷たさが手に伝わってくる。


「この奥に何があるやら。」


「宝とかなら面白いんだけどねぇ。」


 ストレアが目を金にしながら言った。


「随分とこう、下卑た神様ですねぇ。」


 ランはどこで覚えたんだろう、こういう言葉。


 オレのせいか。


 このドグサレ神様のせいで、オレも決して好きでそうしているわけではないのだが、どうしても口汚くなってしまうのである。


 カツン、カツン。


 音が響く。その響きがやがて背後だけになった。眼前に壁、いや、扉が現れたのだ。


 ここにオレ達の求めていたものがあるのだろうか。


 巫女の秘密。マクアの秘密。隠していた物。


 何が出るかは分からないが、ともかく開けるしか無い。オレが扉に手をかけて後ろを向くと、三人は同時に肯いた。オレもまた肯き、そして、思い切り力を入れて、


 ゴゴゴゴゴゴ。


 扉を開けた。



「……ねぇ、ここにスイッチあったわよ。」


 ストレアが壁の突起をコンコンと叩きながら呆れ顔で言った。どうやら本来はそのスイッチとやらで開ける扉だったらしい。扉を見ると、プスプスと煙を吐いている。何か色々な魔法が掛かっていたようだったが、効果が発動する前に無理やり開けたせいでおかしくなったらしい。


ちから馬鹿ね全く。」


「誰のせいだ誰の。」


 本来は開かない程重かったのだろうが、オレにとっては軽いものだ。それは全てこの女のせいである。オレはそう吐き捨ててさっさと扉の奥へと進もうとした。


 が。


「臭っ!!」


 酷い臭いがした。扉の奥から。なんだこの臭い。いやどこかで嗅いだ気がする。


 昔嗅いだ臭いだ。いつだったかは忘れたが、ジョセフと暮らしていた頃……狩った熊の肉を、数日間放置した時の臭い。


 その臭いが何故ここから漂ってくるのか。


「……ああ、あれ、か。」


 考えれば簡単な事だった。


 オレには察しがついた。臭いの源。原因が。


「づまり此処ごごにばアレがあるっでごどでずね。」


 ランが鼻を摘みながら言った。ドラゴンの特性上臭いに敏感な彼女は、物凄く嫌な顔をしていた。そういえばさっきからそんな顔をしていた気もする。そして、ランも此処に何があるか気付いたようだ。


ぐざいでずぅ。」


「確かに。だが、此処に何があると言うんだ?アレとは一体?」


 トマ主教が腕で鼻を隠しながら言った。


 ストレアはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。


 オレは答えた。


「命の聖杯か、その材料、だよ。」

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