第11話 命の聖杯(4)

 奥の部屋には棚があり、その棚の中に杯が幾つも並んでいた。同じ形の杯が。


 命の聖杯である。


 一段に五個ずつ。棚の段はざっくり五段。その棚が幾つも並んでいるわけで、相当の数の聖杯がある事は見て取れた。幾つあるのかは分からない。多すぎて数える気も起きない。それに、合間合間に隙間がある。適当に取って行ったのだろう。多分、新しい教会が出来たり、色々な"不具合"が起きる度にここの物と差し替えられるのだろう。


「まぁ……、まぁこんなにもよく作ったものねぇ。人肉以外に必要なものも結構あるのよ?金銀銅の金属とか。」


 ストレアが呆れ果てた様子で言った。


「それだけ儲かっているって事なんだろうか。」


「それにしたって儲けすぎでしょ。どうなってんのよ。」


「寄附金か何かだろ。良く分からん仕組みだけどな。或いはバグか。」


「んなバグないわよ。」


 どうだか。そう言いながらオレは聖杯を手に取ってマジマジと見た。何の変哲も無いただの杯に見える。


 だがこれだけが、この世界において、ライフをストック出来るアイテムなのだ。


 量が多すぎて有難みが完全に消え失せているが。


 偽物もあるんだよな、と思いながら細かく見てみる。何処に差があるのだろう。棚には何の印も無い。本来の聖杯と偽の聖杯が混ざってしまうのではないか。


 と、底を見ると、ちょうど手に取った物には"生"と書かれていた。


 その横の杯も手に取って底を見てみる。何も書かれていない。


 "生"というのが何かの印なのだろうか。では何の印だ?


「"生"きた人間が材料になってる、の"生"じゃないの?」


 ストレアが面白そうに含み笑いをしながら言った。


 有り得るから困惑させられるというものである。


「あるいは"生"贄の"生"かしら?まぁ多分それが偽物ね。変な材料が混じっているのはそっちだとアタシの鼻が言ってるわ。」


 バグやこの手の不具合に関して、ストレアの鼻が頼りになるのは、否定し難い事実である。


 という事は、これが偽物。命を吸いすぎると化物を生み出す欠陥品か。叩き割りたい衝動に駆られるが、今は止めておこう。後でぶん投げてやる。



 オレは一旦聖杯を棚に戻し、何か資料が無いか探ってみたところ、一つ資料を見つける事が出来た。出荷の記録のようだ。


「えー何々。『ノマライ島イノナカ村に1個出荷。』へぇ。これがあの教会のか。」


 腐れ神父は元気だろうか。元気だったらくたばって欲しい。


「次は、『ノマライ島トゥリニアに2個出荷 ← 1個試験用を混ぜる事 試験用と通常用は別の船に乗せて下さいね。』」


 "試験用と通常用は別の船に乗せて下さいね。"の部分だけ、文体が違う。女性の書いた文字のように見える。


「試験用?」


「通常の物と区別されてるって事は、例の、生贄を使った聖杯か?」


「でもおかしくない?あの教会に届いたのは一つよ?」


「船が分けてあったならおかしくは無いんじゃないか。」


「でも一個しか届かない理由にはならないわよね。」


「……確かに。」


 両方の船が着けば二つ届くはずである。一個しか届いていないという事は、一隻分届いていないという事になる。それは何処へ?


 オレが頭を抱えていると、ストレアが困惑の顔で言った。


「こっちにはなんか変な手紙があるわよ。」


 そういってストレアは一通の手紙を突き出して来た。書きかけの物だった。先程の追記の、女性の文体に似ている。



『そろそろトリディン海から離れて結構です。次はスライズ海へ向かって下さい。』



 何のことだ?


 トリディン海とは、ディンフローとトゥリニアの間の海を指している。スライズ海はその近くの、ボルメイナ大陸と別の島の間にある海だ。


「意味が分からんな。」


「ね。そもそも誰に宛てた手紙なのか。」


 宛先は書いていない。


「あーもー、ここ最近こーいう探偵みたいな作業多くなぁい?創造神がやる事じゃあないわよ。もう止めたいー。」


「オレだって止めたいけどさぁ。でもミカのバグ消してないじゃん。あれ放っておいていいバグか?」


「いいわよぉ。人間共が困るくらいよ。アタシにゃ何の問題も無いわよぉ。」


「人間共が困るってのが困るんだよなぁ。ホレ。ブツクサ言わずに手掛かりを探せ。」


「ちぇっ。全く、飛んだ足踏みだわ。」


 ブツブツと文句を言いながらも、ストレアは再び手を動かし始めた。



 とその時、誰かが部屋に入って来た。


「なななななな、なんだこの部屋!!聖杯が、いっぱい!?さっきからどうなってるんだ!!」


 トマ主教だった。


「どうした?」


「人呼んで来てくれましたよぉ、お姉様ぁ。」


 ランも横に居た。


「あ、ああ。もう生贄の人々は大丈夫だ。無事保護した。……此処に居た騎士達がランさんを見てビクビク怯えていたが、何かあったのか?」


「大丈夫ですぅ。変身はしてないですよぉ。」


 ドラゴンだって脅したせいだろうか。臆病な奴らめ。


「それより、他にも何かあったんじゃないか、そっちで。」


「ああ、そうだった、そうなんだ。聞いてくれ。さっき教会に連行された旅人が居て、その人達が命の聖杯を持っていたのだ。騎士達は盗品だと思って捕まえてきたらしいのだが、その旅人は「沈没した船の中で見つけた」と言うのだよ。それで気に留めつつ此処に来たらこれだ。聖杯がこんなに!!一体何がどうなってるんだ!!」


「此処にあるのは、さっきも言ったが、作られたもんさ。つまりこんだけ、金銀銅、金属類と何より、オレ達の通り道で見て来た死体が使われたってことだよ。」


 トマ主教はへなへなと力が抜けたように石畳に座り込んだ。


「これ、だけ。これだけの量の人が、死者の肉体が、犠牲に……?」


「生きた人もいるわよ。この内のどれだけがそうなのかは分からないけれどもねぇ。」


「ああっ、ああっ!!神よぉっ!!我らを、我らを赦し給えーっ!!」


 そう叫んで彼は天を仰いだ。


 ストレアはその姿を見てニタニタと笑みを浮かべている。


「赦してもいいわよぉ?でもその分、もっともっと、醜く足掻いて貰いたいわねぇ。」


 こいつは本当に腐った性格だな。


「そう嘆くな。アンタのせいじゃあない。」


「しかし!!気付けなかった!!私にも責任がある!!」


「なら今から変わるしかないだろ。嘆いても仕方ない。ともかく、今は前を向け。床じゃないぞ。」


「う、うう……。」


「それより聞きたいんだが、さっきの沈没した船の話。その旅人ってのは何処に?あの世って言ったら怒るぞ。」


「勿論大丈夫だ。教会はそこまで腐っていない。」


 どうだか。それに関してはあまり信用していない。トマ主教自身はともかく。


「来客室に呼んである。君、案内を。私は……少し、ここで考えさせてくれ。」


 そう言ってトマ主教は蹲り、聖杯に向けて、まるで許しを乞う様に頭を下げた。


「分かった。」


 オレ達はそう言って、彼を残して外に出た。



 外に出ると日差しに目が眩んだ。先程まで暗い部屋に居たせいだろう。


 外はすぐそこが地面だった。随分長い回廊だと思ったが、まさか最上階からここまで来てしまうとは。


 出て来た扉を改めて見ると、本来の出入り口の反対側に位置して、周りには植木がされており、人目に付かない設計になっている。


 最初からこういう用途を想定していたのだろう。


 その考えの深さには何というか尊敬すら覚えるというものである。


 ともあれ感心している場合ではない。オレ達は来客室へと向かった。



 来客室には見覚えのある顔があった。


 年老いた男性と子供。


 流れ着いた島や帰りの船で見た。


「おお、レイ殿。なんでこんなところに。」


「あれ、エスティオ……だったか?」


 年老いた男性は、流れ着いた島の集落の長をしていたエスティオ。そして子供はその家族だった。


「はい、その節はお世話になったもので。」


「こんにちはー!!」


 元気なようで何よりである。


「アンタらが何でここに?」


「いやあ、その、よく分からんのじゃが、このセルドラールに着いたので騎士に用事を話したらいきなり捕まって、偉い方が来たと思ったらここに案内されたのです。」


「用事?」


「はい。船でこのようなものを見つけまして。」


「僕が見つけたんだよ!!」


「それで、これは教会のものだと聞いたので。届けに来たんじゃ。」


 そういってエスティオは驚く物を取り出した。


 命の聖杯だった。

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